グレゴリー・ペック

グレゴリー・ペック
Gregory Peck
Gregory Peck
1945年
本名 Eldred Gregory Peck
生年月日 (1916-04-05) 1916年4月5日
没年月日 (2003-06-12) 2003年6月12日(87歳没)
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 カリフォルニア州サンディエゴ
死没地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 カリフォルニア州ロサンゼルス
民族 イングランド系アメリカ人
アイルランド系アメリカ人
身長 190 cm
職業 俳優
ジャンル 映画テレビドラマ舞台
活動期間 1944年 - 2003年
主な作品
白い恐怖』(1946年)
ローマの休日』(1953年)
白鯨』(1956年)
大いなる西部』(1958年)
アラバマ物語』(1962年)
オーメン』(1976年)
ブラジルから来た少年』(1978年)
受賞
アカデミー賞
主演男優賞
1962年アラバマ物語
ジーン・ハーショルト友愛賞
1967年 映画業界全体の発展に対する顕著な功績に対して
カンヌ国際映画祭
特別賞
1989年私が愛したグリンゴ
ベルリン国際映画祭
金熊名誉賞
1993年 長年の功績に対して
ニューヨーク映画批評家協会賞
主演男優賞
1949年頭上の敵機
AFI賞
生涯功労賞
1989年
アメリカ映画100年のヒーローと悪役ベスト100(ヒーロー部門第1位)
2003年『アラバマ物語』
ゴールデングローブ賞
主演男優賞(ドラマ部門)
1946年子鹿物語
1962年『アラバマ物語』
助演男優賞(シリーズ・ミニシリーズ・テレビ映画部門)
1998年モビー・ディック
セシル・B・デミル賞
1969年 生涯功労賞
セザール賞
名誉賞
1995年
全米映画俳優組合賞
生涯功労賞
1970年 映画界への長年の貢献に対して
その他の賞
ハリウッド名声の歩道
1960年 映画産業への貢献、映画・演劇業界への業績に対して
備考
第2回東京国際映画祭 審査委員長(1987年)
テンプレートを表示

エルドレッド・グレゴリー・ペック(Eldred Gregory Peck、1916年4月5日 - 2003年6月12日)は、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンディエゴ出身の俳優

プロフィール

[編集]
1954年
ナバロンの要塞』(1961年)

アイルランドおよびイングランド系の父親[1][2]イングランド系の母親[3]のもとに生まれる。

ボート競技の選手としてオリンピックを目指しカリフォルニア大学バークレー校に進学。ボート部に在籍し活躍するも、第二次世界大戦で開催中止となり不参加に終わるが、同時にボート練習で負った脊椎損傷のために兵役免除となる。薬剤師だった父の影響で医学を勉強していたが演劇に興味を覚え、卒業後ニューヨークに移って俳優養成学校のネイバーフッド・プレイハウスで演技を学んだ。大学在学中、学費を稼ぐために一年間休学し、運送会社にトラック運転士として勤務、ニューヨークの俳優修業中にも、劇場案内人やタクシー運転士を経験している。この時の経験が、後に一見不似合いなキャラクターである荒くれカウボーイ(白昼の決闘)、密漁船船長(世界を彼の腕に)、残忍な復讐鬼(無頼の群)、イカサマ賭博師(西部開拓史)、ベテラン偵察員(レッド・ムーン)等の演技に活かされることとなった。

ブロードウェイの劇場でデビュー後、1944年映画デビュー。1946年の『子鹿物語』でアカデミー主演男優賞に初ノミネートされると、翌年にはユダヤ人問題を扱った社会派ドラマ『紳士協定』に出演し、2年連続で主演男優賞ノミネート、更に作品がアカデミー作品賞を受賞したことから一気にハリウッドでも指折りのスターとなる。

ウィリアム・ワイラー監督による『ローマの休日』の新聞記者役を演じた際にはオードリー・ヘプバーンの才能をいち早く見抜き、ヘプバーン本人を含めスタッフに様々な助言をし、映画を大成功に導き、ヘプバーンにとって最高の共演者となった。また共同製作者として同監督と組みチャールトン・ヘストンを招いた西部劇の名作『大いなる西部』では身長190cmという大男同士の格闘を演じた。

1962年には自主製作『アラバマ物語』で念願のアカデミー主演男優賞を受賞した。

ペックは初期のころからのイメージそのままに、1960年代後半から1970年代初頭までは、理知的で紳士な風貌が似合う役柄が大半を占めていたが、1976年のオカルト大作『オーメン』以降は打って変わって性格俳優的な雰囲気が漂うようになり、1978年ブラジルから来た少年』では、マッドサイエンティストを演じるなど変貌を遂げ、カルト映画ファンからも一目置かれる存在になった。

1996年に一度現役引退を表明したが、2年後にはTV映画作品『モビー・ディック』に出演、テレビを中心に活躍した。亡くなった2003年には、アメリカン・フィルム・インスティチュートが選んだ「映画の登場人物ヒーローベスト50」の第1位に『アラバマ物語』のフィンチ弁護士が選ばれており、誠実で正義感にあふれる彼のキャラクターは現在でも人々に愛されている。

政治に関してはリベラルな発言が多かったため、リチャード・ニクソン大統領からは政敵リストに載せられるほど警戒されていたという[4]。また、実際の彼も知的な紳士で、人格者として知られており[5]、その人望を買われて政界進出の噂が周囲から出た(オーソン・ウェルズにも大統領になるよう薦められていたという)が、本人は「すでに自分は大統領役や歴史上の偉人をもう何人も演じている。もうこれだけで充分ではないか?」と答え完全否定。あくまで俳優として職を全うすることを公言したエピソードが知られる。

アカデミー協会の会長やハリウッド俳優組合の会長など各種映画団体の会長や理事、アメリカ癌協会などでも理事を務めた。ダブリン大学のフイルム・スクールの後援者でもあった。2度の結婚で5人の子供がいる。なお、『オーメン』の撮影の2か月前に息子を拳銃自殺で亡くしている[6][7]

主な出演作品

[編集]
公開年 邦題
原題
役名 備考
1944 炎のロシア戦線
Days of Glory
ウラジミール 別題『栄光の日々』
王國の鍵
The Keys of the Kingdom
1945 愛の決断
The Valley of Decision
ポール・スコット
白い恐怖
Spellbound
ジョン・バランタイン
1946 子鹿物語
The Yearling
ペニー・バクスター ゴールデングローブ賞 主演男優賞 (ドラマ部門) 受賞
白昼の決闘
Duel in the Sun
1947 決死の猛獣狩り
The Macomber Affair
ロバート・ウィルソン
紳士協定
Gentleman's Agreement
フィリップ
パラダイン夫人の恋
The Paradine Case
アンソニー・キーン
1949 廃墟の群盗
Yellow Sky
ジェームズ・ストレッチ・ドーソン
頭上の敵機
Twelve O'Clock High
フランク・サベージ准将
1950 拳銃王
The Gunfighter
ジム・リンゴ
1951 艦長ホレーショ
Captain Horatio Hornblower
ホレイショ・ホーンブロワー
勇者のみ
Only the Valiant
リチャード・ランス
愛欲の十字路
David and Bathsheba
ダビデ
1952 世界を彼の腕に
The World in His Arms
ジョナサン・クラーク
キリマンジャロの雪
The Snows of Kilimanjaro
ハリー・ストリート
1953 ローマの休日
Roman Holiday
ジョー・ブラッドレー
春風と百万紙幣
The Million Pound Note
ヘンリー・アダムス
1954 夜の人々
Night People
スティーヴ・ヴァン・ダイク
紫の平原
The Purple Plain
ビル・フォレスター
1956 灰色の服を着た男
The Man in the Gray Flannel Suit
トム
白鯨
Moby Dick
エイハブ船長英語版
1957 バラの肌着
Designing Woman
マイク
1958 無頼の群
The Bravados
ジム・ダグラス
大いなる西部
The Big Country
ジェームズ・マッケイ 兼製作
1959 勝利なき戦い
Pork Chop Hill
ジョー・クレモンス英語版中尉
悲愁
Beloved Infidel
F・スコット・フィッツジェラルド
渚にて
On the Beach
ドワイト・ライオネル・タワーズ艦長
1961 ナバロンの要塞
The Guns of Navarone
キース・マロリー大尉
1962 恐怖の岬
Cape Fear
サム・ボーデン
西部開拓史
How the West Was Won
クリーヴ・ヴァン・ヴェイレン
アラバマ物語
To kill a Mockingbird
アティカス・フィンチ英語版 アカデミー主演男優賞 受賞
ゴールデングローブ賞 主演男優賞 (ドラマ部門) 受賞
1963 ニューマンという男
Captain Newman, M.D.
ニューマン
1964 日曜日には鼠を殺せ
Behold a Pale Horse
マヌエル
1965 蜃気楼
Mirage
デヴィッド
1966 アラベスク
Arabesque
デヴィッド・ポロック教授
1968 レッド・ムーン
The Stalking Moon
サム
1969 マッケンナの黄金
Mackenna's Gold
マッケンナ
0の決死圏
The Chairman
ジョン・ハサウェイ
宇宙からの脱出
Marooned
チャールズ・キース
1971 新・ガンヒルの決闘
Shoot Out
クレイ
1974 荒野のガンマン無宿
Billy Two Hats
アーチ・ディーンズ
1976 オーメン
The Omen
ロバート・ソーン
1977 マッカーサー
MacArthur
ダグラス・マッカーサー
1978 ブラジルから来た少年
The Boys from Brazil
ヨーゼフ・メンゲレ博士
1980 シーウルフ
The Sea Wolves
ルイス・ピュー中佐
1982 引き裂かれた祖国/ブルー&グレイ
The Blue and the Gray
アブラハム・リンカーン テレビ・ミニシリーズ
1983 赤と黒の十字架
The Scarlet and the Black
ヒュー・オフラハーティ司祭 テレビ映画
1987 サイレント・ボイス/愛は虹にのせて
Amazing Grace and Chuck
大統領
1989 私が愛したグリンゴ
Old Gringo
アンブローズ・ビアス
1991 アザー・ピープルズ・マネー
Other People's Money
アンドルー・ジョーゲンソン
ケープ・フィアー
Cape Fear
リー・ヘラー
1993 愛のポートレイト/旅立ちの季節
The Portrait
テレビ映画
1998 モビー・ディック
Moby Dick
テレビ映画

日本語吹き替え

[編集]

1966年に『土曜洋画劇場』で『子鹿物語』が放送されてから、ほとんどの作品で城達也が専属(フィックス)として務めていた[8][9]

城は自身が吹き替えたペック出演作の中では『ローマの休日』『子鹿物語』『白鯨』の三本が印象深いと語り、特に『白鯨』は、収録後三日間声が思うように出なくなるほど執念を込めて演じたという。また、ペックについて「演じて出てくる優しさ、人柄の良さ」が好きだと語っていた[10]

このほかにも、小川真司津嘉山正種田中秀幸なども複数回、声を当てている。

脚注

[編集]
  1. ^ Freedland, Michael. Gregory Peck: A Biography. New York: William Morrow and Company. 1980. ISBN 0688036198 p.10
  2. ^ United States Census records for La Jolla, California 1910
  3. ^ United States Census records for St. Louis, Missouri - 1860, 1870, 1880, 1900, 1910
  4. ^ Corliss, Richard. "The American as Noble Man" – Time Magazine – Monday, June 16, 2003
  5. ^ The Fairest LADY Audrey Hepburn
  6. ^ 呪われたとされる3つのホラー映画 - ライブドアニュース
  7. ^ THE STRANGER THAN FICTION STORIES SURROUNDING THE OMEN, By Chris Littlechild, Ripley Entertainment
  8. ^ “「この俳優はこの声」森山さん死去で思い出す名調子”. 日刊スポーツ (日刊スポーツ). (2021年2月20日). https://www.nikkansports.com/m/entertainment/news/202102120000340_m.html?mode=all 2023年7月9日閲覧。 
  9. ^ “「ローマの休日」4Kレストア・日本語吹替版の予告解禁、上映劇場は全国74館”. 映画ナタリー (映画ナタリー編集部). (2024年3月15日). https://natalie.mu/eiga/news/565100 2024年3月20日閲覧。 
  10. ^ 淀川長治『映画はブラウン館の指定席で』テレビ朝日、1986年。ISBN 4881310798 

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]