コルラ (巡礼)
コルラ(チベット文字:སྐོར་ར; ワイリー方式:skor ra, THL: kor ra)は「ぐるりと回り歩くこと[1]」を意味するチベット語であり、同時に宗教的行為を表す。コルラはチベット仏教、あるいはボン教における巡礼のひとつの形であり、一種の瞑想的儀式、実践である[1]。コルラは聖地や神聖視される自然物、人工物の周りを実践者がぐるりと歩くことで完遂され、通常この行為は巡礼のなかの一部として、または式典や祭事、儀式の一部として行われる。広義ではチベット文化圏で行われる巡礼すべてを指してコルラと呼ばれる。
コルラの定義
[編集]チベット人は「巡礼」を「ネコル」(チベット文字:གནས་སྐོར; ワイリー方式:gnas skor)と表す。文字通りに取るならばこの語は「住処の周りを回る」という意味で、すなわちチベット人にとって巡礼とは自らが聖地と関係する手段としてその周りをぐるりと回ることを意味する。コルラという文脈の中では「ネコル」の「ネ」は「力を与えられた物」、「神聖な物」であり、その周りを回る者に変化を与える能力があると信じられている。また一部の自然や人工物はイシュタデーヴァター (仏教)やダキニといった人あらざる者の住処であると考えられている[2][3][note 1]。
「ネ」、すなわちチベット文化における聖地は一般的に以下の4つのパターンに分類することができる。
- 自然物: 最も重要な「ネ」は聖なる山々[note 2]、そして湖である。これらは広大な面積を占めており、その範囲は時に数百平方キロメートルに及ぶ。これらのエリアの中で力をもつと考えられている場所は峰であり、岩、洞窟、泉、川の合流点、鳥葬場である。これら自然の聖地を目的としたコルラは往々にして過酷な山歩きを伴う。峠をいくつも越え、険しい山道を何日もかけて歩き通す。代表的なコルラ・ルートとしてはカイラス山[6][7]、ラプチ(Lapchi)[8]、ツァリ(Tsari)[9]、カワカルポ、マーナサローワル湖、ヤムドク湖、ナムツォ(ナム湖)[3][10][11]が挙げられる。
- 人工物: 都市や僧院、寺院、ストゥーパ、庵など。たとえばネパール、カトマンズの渓谷ではスワヤンブナート、ボダナートといったストゥーパでコルラが行われている。またラサ市ではポタラ宮やトゥルナン寺がコルラの対象となる。
- 隠れ里: チベット語でベユルと呼ばれる、ヒマラヤの辺境に存在する理想郷[12][13]。
- 聖人: 場合によっては聖人がコルラの対象、すなわち「ネ」となることがある。
コルラの実践者は「ネコルワ」(チベット文字:གནས་སྐོར་བ; ワイリー方式:gnas skor ba、ネを回る者)と呼ばれる。つまり旅の中で聖地をぐるりと回る儀式を行っているものは誰でも「ネコルワ」である[13]。コルラは功徳を積むための主だった手段のひとつであり、巡礼者はそのためにコルラを実践する。より力の強い聖地をめぐることでより大きな功徳が得られると考えられている[3]。コルラは歩くことで成される場合もあれば、五体投地を繰り返すことで成される場合もある。ただ歩くよりも五体投地によるコルラの方が、また一周だけのコルラよりも多く回る方が、または縁起のよい数字の回数コルラする方が大きな功徳を積むことができるとされている。コルラはマニ車を回しながら、マントラを唱えながら、数珠を数えながら行われる場合もある。仏教徒は通常太陽の巡りに倣って時計回りにコルラする[14][15]。一方ボン教徒は反時計周りにコルラする。
脚注
[編集]- ^ 例えばカイラス山、ラプチ(ネパール東部の山)、ツァリ(Tsari、チベット南東部)、は全てコルロ・デムチョク(チャクラサムバラ)のネ(住処、宿る場所)であると考えられている。具体的にはカイラスは[4]彼の体が宿る場所であり、ラプチは彼の言葉が、ツァリは彼の精神の宿る場所である。さらにこれらカイラス、ラプチ、ツァリの3カ所は同時に、それぞれ白い獅子の頭のダキニ、トラの頭のダキニ、黒いメス豚のダキニのネであるとされている[5]。カム(チベット東部)ではカワカルポ(梅里雪山の主峰)がコルロ・デムチョクのネの東端と考えられている。
- ^ いくつかの峰は「ネリ」(néri)に分類される。「ネリ」は「山の住処」と翻訳され、ネリとされる山には名前にも「ネリ」が冠される。チベットではほとんどの山になんらかの神が宿るとされているが、その中でも「ネリ」に分類される峰はわずかである。例えば、カワカルポはしばしばネリ・カワカルポと呼ばれ、ツァリのダクパ・シェルリ(Dakpa Shelri)はしばしばネ・ダクパ・シェルリと呼ばれる[5]。
参考文献
[編集]- ^ a b QUEENS MUSEUM. “Kora: A Meditation on Pilgrimage”. QUEENS MUSEUM. 2016年11月18日閲覧。
- ^ Huber, Toni (1997). “Guidebook to La-Phyi”. In Lopez, Jr., Donald S.. Religions of Tibet in Practice. pp. 120–134. ISBN 978-0691011837
- ^ a b c Dowman, Keith (1998). “Power Places”. The Sacred Life of Tibet. pp. 147–188. ISBN 978-0722533758
- ^ https://books.google.com/books/about/The_sacred_mountain.html?id=fafXAAAAMAAJ&redir_esc=y
- ^ a b Huber, Toni (1999). The Cult Of Pure Crystal Mountain: Popular Pilgrimage and Visionary Landscape in Southeast Tibet. Oxford University Press
- ^ Snelling, John. (1990). The Sacred Mountain: The Complete Guide to Tibet's Mount Kailas. 1st edition 1983. Revised and enlarged edition, including: Kailas-Manasarovar Travellers' Guide. Forwards by H.H. the Dalai Lama of Tibet and Christmas Humphreys. East-West Publications, London and The Hague. ISBN 978-0856921735
- ^ “Kailash, the White Mountain”. Rangjung Yeshe Wiki. 2016年11月18日閲覧。
- ^ “Lapchi”. Rangjung Yeshe Wiki. 2016年11月18日閲覧。
- ^ “Tsari”. Rangjung Yeshe Wiki. 2016年11月18日閲覧。
- ^ Bradley Mayhew; Michael Kohn; Daniel McCrohan; John Vincent Belleza (April 1, 2011). Tibet. Lonely Planet. pp. 250–251. ISBN 978-1741792188
- ^ Jennifer Westwood (2002). On Pilgrimage: Sacred Journeys Around the World. Paulist Press. pp. 80–81. ISBN 978-1587680151
- ^ Baker, Ian (2006). The Heart of the World: A Journey to Tibet's Lost Paradise. ISBN 978-0143036029
- ^ a b Buffetrille, K. (2013). Pilgrimage in Tibet. doi:10.1093/OBO/9780195393521-0122.
- ^ Linda Kay Davidson; David Martin Gitlitz (2002). Pilgrimage: From the Ganges to Graceland: An Encyclopedia, Τόμος 1. ABC-CLIO. pp. 312–313. ISBN 978-1-57607-004-8
- ^ Norbert C. Brockman (2011). Encyclopedia of Sacred Places. ABC-CLIO - 2nd Edition. pp. 53–54. ISBN 978-1-59884-654-6