トリブチルスズ

トリブチルスズ
トリブチルスズの構造式トリブチルスズの分子モデル
IUPAC名トリブチルスタナン
別名トリ-n-ブチルスズ
水素化トリブチルスズ
分子式C12H28Sn
示性式(n-C4H9)3SnH
分子量291.06
CAS登録番号688-73-3
形状液体
密度1.082 g/cm3, 液体、25 °C
沸点80 °C @0.5 hPa

トリブチルスズ (tributyltin または tributylstannane) とは、有機スズ化合物の一種。トリ-n-ブチルスズ もしくは 水素化トリブチルスズ(すいそかトリブチルスズ、tributyltin hydride)とも呼ばれ、TBT と略称される。有機合成においてラジカル的還元剤として用いられる。

かつては酸化物である酸化トリブチルスズ、(n-C4H9)3Sn-O-Sn(n-C4H9)3 とともにフジツボ海藻の付着を防ぐ目的で船底や魚網の塗料に加えられていたが、貝のオス化など海洋生物に悪影響を与えることが判明した。現在、これらの化合物はロッテルダム条約の適用内と考えられていて[1]国際海事機関 (IMO) により使用が禁止されている[2]

有機合成

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有機ハロゲン化合物のハロゲンを水素に置き換える還元剤として用いられる[3]。反応は以下に示す通りラジカル的に進行する。

トリブチルスズをAIBN など適切なラジカル開始剤とともに用いることで、水素がラジカルとして引き抜かれてトリブチルスズラジカル、(n-C4H9)3Sn• が生じる。このスズラジカルはハロゲン化アルキルなどのハロゲン原子をラジカルとして引き抜き、発生したアルキルラジカルが新しいトリブチルスズから水素ラジカルを引き抜いてスズラジカルを再び発生させ、そうして反応が連鎖的に続く。生成物はハロゲン化アルキルのハロゲン原子が水素に置き換わった還元体 (R-H) とハロゲン化トリブチルスズ、(n-C4H9)3Sn-X である。

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アルキルラジカル R• が発生したとき、R の構造内に二重結合などラジカルが付加しやすい部位があれば、分子内付加が優先する場合がある。これは環化反応へ応用される。

また、アルコールから調整できるキサントゲン酸エステルも同様の反応をし、ヒドロキシ基を除去するのに使われる (Barton-McCombie脱酸素化)[4]

有毒性

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TBT化合物は有毒化学物質と考えられていて、人間や環境に悪影響を及ぼす[1]。トリブチルスズ化合物は残留性有機汚染物質であり、海洋生物の食物連鎖により濃縮される。船用塗料のTBTが海に浸出して水生生物に不可逆的なダメージを与えたことは有名である。トリブチルスズは人間の肥満とも関係があり、脂肪細胞の成長を促す遺伝子を刺激する[5]

TBTはヨーロッパチヂミボラ英語版を含むいくつかの海洋生物にも害をおよぼす。TBTはヨーロッパチヂミボラのインポセックス英語版(雄性形質誘導及び生殖不全症候群)を引き起こし、メスの生殖器に異常が発生したりする[6]。わずか 2.5 ng/L という微量のTBTでヨーロッパチヂミボラの性転換が起きてしまう[2]。これは、ヨーロッパチヂミボラの生殖力を奪うこと、あるいは死を意味する。いくつかの深刻なケースでは卵嚢を持ったオスが見つかった。

海洋哺乳類への影響

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多くの研究により、ラッコ (Enhydra lutris) またはハンドウイルカ属イルカでは、肝臓に高いレベルでトリブチルスズを濃縮することがわかった[7]。トリブチルスズと、代謝副生産物であるジブチルスズは免疫抑制を引き起こし、二次感染の原因をつくる。これは、感染が原因で死んだラッコには高いレベルで組織にブチルスズ化合物を含んでいたという発見と矛盾しない[8]

聴覚の専門家により、ハクジラのような高等哺乳類の聴力損失とTBTが関係があることがわかった[9][10]

海洋無脊椎動物への影響

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TBTの軟体動物への影響は極端に大きい[1]二枚貝の幼生のケースでは、TBTの実効的な濃縮 (EC) は、ほかのいかなる有毒化合物より千倍低かった[11]。TBTはまた、腹足類巻貝)のインポセックスを招く[1]

以上のような有毒性への関心が国際海事機関による世界的な規制につながった[2]。いまでは、深刻な海洋汚染物質と考えられている。

出典

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  1. ^ a b c d Secretariat for the Rotterdam Convention on the Prior Informed Consent Procedure for Certain Hazardous Chemicals and Pesticides in International Trade (26 November 2006). “Draft Decision Guidance Document for Tributyltin Compounds”. United Nations Environment Programme. オリジナルの2007年10月16日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20071016222937/http://www.pic.int/incs/crc3/n14%29/English/K0654009%20CRC3-14.pdf 2008年10月6日閲覧。 
  2. ^ a b c “Focus on IMO - Anti-fouling systems”. International Maritime Organisation. http://www.imo.org/OurWork/Environment/Anti-foulingSystems/Documents/FOULING2003.pdf 
  3. ^ RajanBabu, T. V. In Encyclopedia of Reagents for Organic Synthesis, Paquette L. A. ed., Wiley, 1995; Vol. 7, pp. 5016.
  4. ^ Barton, D. H. R.; McCombie, S. W. JCS, Perkin Trans. 1, 1975, 1574.
  5. ^ Staff (2008年12月3日). “Persistent Pollutant May Promote Obesity”. Science daily. http://www.sciencedaily.com/releases/2008/12/081201081921.htm 2008年12月3日閲覧。 
  6. ^ Dan Minchin, Eberhard Stroben, Jörg Oehlmann, Barbara Bauer, Colm B. Duggan and Michael Keatinge (1996). “Biological indicators used to map organotin contamination in Cork Harbour, Ireland”. Marine Pollution Bulletin 32: 188. doi:10.1016/0025-326X(95)00120-C. 
  7. ^ Murata S, Takahashi S, Agusa T, Thomas NJ, Kannan K, Tanabe S (April 2008). “Contamination status and accumulation profiles of organotins in sea otters (Enhydra lutris) found dead along the coasts of California, Washington, Alaska (USA), and Kamchatka (Russia)”. Marine pollution bulletin 56 (4): 641–9. doi:10.1016/j.marpolbul.2008.01.019. PMID 18304586. http://linkinghub.elsevier.com/retrieve/pii/S0025-326X(08)00025-8. 
  8. ^ Kannan et al. 1998. Butyltin residues in Southern sea otters (Enhydra lutris nereis) found dead along California coastal waters. Environ. Sci. Technol. 32:1169-1175
  9. ^ Matt Apuzzo (2005年1月28日). “Whale Deafness Linked To Chemical”. Associated Press via CBS News. http://www.cbsnews.com/stories/2005/01/28/tech/main670083.shtml 2008年7月30日閲覧。 
  10. ^ Santos-Sacchi Joseph, Song Lei, Zheng Jiefu, Nuttall Alfred L (2006-04-12). “Control of Mammalian Cochlear Amplification by Chloride Anions”. Journal of Neuroscience 26 (15): 3992–3998. doi:10.1523/JNEUROSCI.4548-05.2006. PMID 16611815. http://www.jneurosci.org/cgi/content/full/26/15/3992. 
  11. ^ see Fig.15 on p. 134 in: His E, Beiras R, Seaman MNL (1999). “The assessment of marine pollution: bioassays with marine embryos and larvae”. Advances in marine biology 37: 1–178. doi:10.1016/S0065-2881(08)60428-9. 

関連項目

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