質料
質料(しつりょう、古希: ὕλη、希: hytē、羅: māteria、英: matter、独: Materie, Stoff、仏: matière、ヒュレー)は、古代ギリシアの概念で元来は「材木」の意味を持つ[1]。本来は素材を意味する用語である。形式をもたない材料が、形式を与えられることで初めてものとして成り立つと考えるときその素材材料のことをいう[1]。
「質料」の起源
[編集]「質料」起源はイオニア学派のアナクシマンドロスの「ペラス(peras)」と「アペイロン」にまで遡ることが出来る。これは「限定するもの」と「無限定なもの」を意味する。ギリシア哲学において一貫した特徴として、世界の成り立ちを「ペラス」と「アペイロン」といった二つの面から捉えようとする傾向があり、ここから、「限定するもの」と「限定されるもの」をどのように捉えるかという問題意識が展開された[2]。
プラトンにおける質料の扱い
[編集]プラトンは後にアリストテレスに批判されるイデア論のなかで、イデアないしはエイドスを経験世界を超越する理性の対象と定義した。これは「姿・形」をさし理性によってその姿や性質を観察する対象を意味する。『ティマイオス[3]』において宇宙創生の説明をする際には、イデアとそれを受け入れる器(hypodoche)としてのコーラ(場、空間、chōra)という質料を意味するものが必要であるとされた[2]。
アリストテレス哲学における「質料」
[編集]アリストテレスはこの概念について『自然学』で解説している。
たとえば、建築家が「木造の家」をつくるとき、材木が質料である。この受動的な存在である材木にはたらきかけ、形を与えることによって「木造の家」が現実化する[4]。ものは可能の実現と理解され、材木は家の可能的存在と考えることが出来るから、資料は可能性もしくは可能態(デュナミス 希: dynamis)と同義語と考えられる。現実に存在する個々のものは、形相が可能態として資料を限定することで成立する[5][6]。
本当に存在するもの、ものの根底にあって持続的であると考えられるものは、感覚的に捉えられる「もの」であり、その認識は、「本質の認識」である。本質つまり、最も大事な根本の性質・要素の表現が定義であり、定義は種類と他との違い(差異)から構成され、種類によって資料が構成され差異から形相が構成される[2]。
脚注
[編集]- ^ a b 哲学辞典・平凡社 1971, p. 608.
- ^ a b c 哲学思想辞典・岩波 1998, p. 419.
- ^ 哲学思想辞典・岩波 1998, p. 1110.
- ^ 哲学辞典・平凡社 1971, pp. 608–609.
- ^ 三木 1985a, p. 24.
- ^ 三木 1985b, p. 63.
参考文献
[編集]- 青井和夫、青柳真知子、赤司道夫、秋間実、秋元寿恵夫、秋山邦晴、秋田光輝、東洋 ほか 著、林達夫、野田又男; 久野収 ほか 編『哲学事典』(第1版)平凡社、1971年4月10日。ISBN 4-582-10001-5。
- 青木国夫、青木保、青野太潮、赤城昭三、赤堀庸子、赤松昭彦、秋月觀暎、浅野守信 ほか 著、廣松渉、子安宣邦; 三島憲一 ほか 編『岩波 哲学・思想辞典』(第1版)岩波書店、1998年3月18日。ISBN 4-00-080089-2。
- 下中弘 著、下中弘 編『哲学事典』(第1版)平凡社、1971年4月10日。ISBN 4-582-10001-5。
- 三木清『アリストテレス』(第2版)岩波書店〈三木清全集 9〉、1985年4月5日、1-27頁。
- 三木清『アリストテレス「形而上学」』(第2版)岩波書店〈三木清全集 9〉、1985年4月5日、29-178頁。