レヴィ-チヴィタ接続(レヴィ-チヴィタせつぞく、英: Levi-Civita connection)とは、リーマン多様体M上に共変微分という概念を定める微分演算子で、Mがユークリッド空間の部分多様体の場合は、における(通常の意味の)微分をMに射影したものが共変微分に一致する。
レヴィ-チヴィタ接続は擬リーマン多様体においても定義でき、一般相対性理論に応用を持つ。
レヴィ-チヴィタ「接続」という名称はより一般的なファイバーバンドルの接続概念の特殊な場合になっている事により、接続概念から定義される「平行移動」(後述)を用いる事で、M上の相異なる2点を「接続」してこれら2点における接ベクトルを比較可能になる。
レヴィ-チヴィタ接続において定義される概念の多くは一般のファイバーバンドルの接続に対しても定義できる。
レヴィ-チヴィタ接続の名称はイタリア出身の数学者トゥーリオ・レヴィ=チヴィタによる。
M をの部分多様体、をM上の曲線、さらにを上定義されたM のベクトル場(すなわち各時刻tに対し、はを満たす)とし、
と定義する。ここでPrはMの点c(t)における内の接平面(と自然に同一視可能なTc(t)M )への射影である。またX、YをM上のベクトル場とするとき、
と定義する。ここでは時刻0に点を通るXの積分曲線である。実はこれらの量はMの内在的な量である事、すなわちからMに誘導されるリーマン計量(とその偏微分)のみから計算できる事が知られている。具体的には以下の通りである:
ここでであり、はの逆行列である。すなわちをクロネッカーのデルタとするとき、である。
証明
の元を成分でと表し、局所座標がで表せるMの元のにおける成分表示を
と表すと、
である。はMのにおける接平面に属しているので、
- ...(A)
が成立する。よって後はの具体的な形を決定すれば良い。そのためには成分で
- ...(B)
と書いて係数のを決定すればよい。以下記号を簡単にするため「」を単に「」と書き、偏微分から「」を省略する。すると、
であるので、
- ...(C)
である。一方ライプニッツ・ルールより
であるので、添字をサイクリックに回すと、
である。これを解いて、
よっての定義と(C)より、
が結論付けられる。よって(A)、(B)、(C)から
同様に、とすると、以下が成立する:
定理 ―
- ...(3)
前節で述べたようにや∇XYはMに内在的な量なので、一般のリーマン多様体に対しても、(1)、(2)、(3)式をもってこれらの量を定義できる:
レヴィ-チヴィタ接続の定義は(1)、(2)、(3)式に登場する局所座標に依存しているが、局所座標によらずwell-definedである事を証明できる。
レヴィ・チヴィタ接続の事をリーマン接続(英: Riemannian connection)もしくはリーマン・レヴィ-チヴィタ接続(英: Riemann Levi-Civita connection)とも呼ぶ[1][2][3]。
レヴィ-チヴィタ接続を局所座標で表したとき、(2)式で定義されるを局所座標に関するクリストッフェル記号という。
レヴィ-チヴィタ接続は以下の性質により特徴づけられる:
ここでX、Y、ZはM上の任意の可微分なベクトル場であり、f、gはM上定義された任意の実数値C∞級関数であり、a、bは任意の実数であり、は点においてとなるベクトル場であり、はfのX方向微分であり、はリー括弧(英語版)である。すなわち、
条件1のように、任意のC∞級関数に対して線形性が成り立つことを-線形であるという[6]。一般に-線形な汎関数は、一点の値のみでその値が決まる事が知られている[7]。例えばレヴィ-チヴィタ接続の場合、点におけるの値はXPのみに依存しP以外の点QにおけるXの値XQには依存しない。
なお、5番目の条件は後述するテンソル積の共変微分を用いると、
とも書ける。
上述した特徴づけを使うと、レヴィ-チヴィタ接続の成分によらない具体的な表記を得る事ができる。
定理 (Koszulの公式) ― X、Y、Zをリーマン多様体M上の任意の可微分なベクトル場とするとき、以下が成立する[8]:
- Koszulの公式(英: Koszul formula[9]):
文章の前後関係から局所座標が分かるときはの事を
- 、
等と略記し、の事を
- 、
と略記する。さらにをの成分表示
により定義する[10]。一方、関数fの偏微分は
と「,」をつけて略記する。したがってとすれば、
が成立する。
なお、
はのi番目の係数ではなく、後述する二階共変微分のi番目の係数を意味するので注意されたい。
リーマン多様体上の曲線上定義されたM上のベクトル場が
を恒等的に満たすとき、は上平行であるという[11]。また、上の接ベクトルと上の接ベクトルに対し、、を満たす上の平行なベクトル場が存在するとき、はをに沿って平行移動(英: parallel transportation along )した接ベクトルであるという[11]。
ユークリッド空間の平行移動と異なる点として、どの経路に沿って平行移動したかによって結果が異なる事があげられる。この現象をホロノミー(英語版)(英: holonomy)という[12]。
右図はホロノミーの具体例であり、接ベクトルを大円で囲まれた三角形に沿って一周したものを図示しているが、一周すると元のベクトルと90度ずれてしまっている事が分かる。
に沿ってをまで平行移動したベクトルをとするとは線形変換であり、しかも計量を保つ。すなわち以下が成立する:
定理 (平行移動は計量を保つ) ―
実は平行移動の概念によってレヴィ-チヴィタ接続を特徴づける事ができる:
とくに点からu自身までのM上の閉曲線に沿って一周する場合、接ベクトルを平行移動した元をと書くことにすると、
- はPからP自身までの区分的になめらかな閉曲線
は(合成関数で積を定義するとき)上の直交群の(閉とは限らない)部分リー群になる[14]。をレヴィ-チヴィタ接続∇に関するホロノミー群(英語版)(英: holonomy group)という。Mが弧状連結であればは点Pによらず同型である。
Mをユークリッド空間のn次元部分多様体とし[注 2]、M上に曲線を取り(図の青の線)、に沿ってMをn次元平面上「滑ったり」「ねじれたり」することなく転がした[注 3]ときにできる曲線の軌跡をとする(図の紫の線)。
Mを転がすと、時刻tにがに接した瞬間にがに重なるので、自然に写像
が定義できる。この写像を使うと、Mのレヴィ・チヴィタ接続∇の幾何学的意味を述べることができる:
すなわち、曲線に沿ったの共変微分をに移したものは、をに移したものを通常の意味で微分したものに一致する。この事実から特に、レヴィ-チヴィタ接続による平行移動とにおける通常の意味での平行移動の関係を示すことができる:
を接バンドルの局所的な基底とし、X、YをM上のベクトル場とし、とすると、レヴィ-チヴィタ接続の定義から
である。この式は、共変微分にライプニッツ則を適用して成分部分の微分と基底部分の微分の和として表現したものと解釈できる。
そこで以下のような定義をする:
定義 (接続形式) ― 行列を
により定義し、Xにを対応させる行列値の1-形式を局所的な基底に関するレヴィ・チヴィタ接続∇の接続形式(英: connection form)という[16][注 4]
定義から明らかに
が成立する。
接続概念において重要な役割を果たす平行移動の概念は接続形式ωと強く関係しており、底空間Mの曲線に沿って定義された局所的な基底をtで微分したものが接続形式に一致する。
よって特に(レヴィ・チヴィタ接続などの)∇がEの計量と両立する接続の場合、∇による平行移動は回転変換、すなわちの元なので、その微分である接続形式ωはのリー代数の元、すなわち歪対称行列である[注 5]:
このように接続形式を用いるとベクトルバンドルの構造群(上の例では)が接続形式の構造をリー群・リー代数対応により支配している事が見えやすくなる。
上では回転群の場合を説明したが、物理学で重要な他の群、例えばシンプレクティック群やスピン群に対しても同種の性質が証明でき、接続形式がリー群・リー代数対応により支配されている事がわかる。
こうした事実は接続概念を直接リー群と接続形式とで記述する方が数学的に自然である事を示唆する。リー群の主バンドルの接続はこのアイデアを定式化したもので、主バンドルの接続は接続形式に相当するものを使って定義される。詳細は接続 (ファイバー束)の項目を参照されたい。
リーマン多様体上の曲線で測地線方程式
を恒等的に満たすものを測地線という[18]。2階微分は物理的には加速度であるので、測地線とは加速度が恒等的に0である曲線、すなわちユークリッド空間における直線を一般化した概念であるとみなせる[注 6]。
リーマン多様体M上の曲線の、弧長パラメータによる「二階微分」の長さ
をMにおけるの測地線曲率[訳語疑問点](英: geodesic curvature[19])、あるいは単に曲率(英: curvature)という。よって測地線は、曲率が0の曲線と言い換える事ができる。
常微分方程式の局所的な解の存在一意性から、点における接ベクトルに対し、あるが存在し、
- 、
を満たす測地線が上で一意に存在する。この測地線を
と書く。
しかし測地線は任意の長さに延長できるとは限らない。たとえば(に通常のユークリッド空間としての計量を入れた空間)において、測地線はまでしか延長できない。任意の測地線がいくらでも延長できるとき、リーマン多様体は測地線完備であるという[20]。
測地線が全域に拡張できるか否かに関して以下の定理が知られている。
測地線の概念を全く違った角度から特徴づける事ができる。
このことを示すため、いくつか記号を導入する。をリーマン多様体とし、を上のレヴィ-チヴィタ接続とする。 をMの局所座標とする。以下、U上でのみ議論する。議論を簡単にするため、Uをの部分集合と同一視する。
U上の滑らかな曲線を考え、この曲線の座標表示を、とする。さらに を滑らかな写像でとなるものとし、に対して曲線
を考える。ここで和や定数倍は、をの元と見たときの和や定数倍である。
そして、
と定義し弧長積分
を考える。
「停留曲線」は直観的には滑らかな曲線全体の空間での「微分」が0になるという事である。 変分法の一般論から次が成立する:
曲線の弧長
によってをパラメトライズする事を弧長パラメーター表示という。実は次が成立する:
- 、、と略記すると、
であるので、オイラー・ラグランジュ方程式の左辺は
より、
である。一方右辺は
である。よって両辺を見比べることで、
左辺第一項の添字のiをkに代えて整理する事で、
よって、
ここでとkの添字の付け替えにより
なので、
となる。クリストッフェル記号の定義から定理は証明された。
上では測地線が
に対して停留曲線になる事を示したが、エネルギー[注 7]
から得られる
に対しても停留曲線は測地線になっている事が知られている。
しかもこの事実はgが正定値や非退化でなくても成立する:
定理 ― gを多様体M上定義された(正定値でも非退化でもないかもしれない)二次形式の可微分な場とするとき、 の停留曲線はに関するオイラー・ラグランジュ方程式
- for
を満たす[27]。
定理 ― 上の定理と同じ条件下、gに対するレヴィ-チヴィタ接続をとすると、に関するオイラー・ラグランジュ方程式は変数tに関する測地線方程式
に一致する[27]。
この事実は擬リーマン多様体を基礎に置く一般相対性理論では、運動エネルギーを最小にする曲線、すなわち自由落下曲線が測地線になる事を含意する。
測地線の局所的存在性から、点における接ベクトル空間TPMの原点の近傍の任意の元に対し、測地線が存在する。必要ならUを小さく取り直す事で写像
が中への同型になるようにする事ができる。ベクトル空間TPMの開集合からMへの中への同型なので、をMの点Pの周りの局所座標と見なす事ができる。この局所座標をMの点uにおける正規座標(英語版)(英: normal coordinate)という[28]。
において、の方向の方向微分は
である。正規座標において、共変微分は方向微分と一致する:
なお、後述するテンソルの共変微分に関しても、正規座標においては方向微分に一致する[29]。
レヴィ-チヴィタ接続を成分で書いた
より、であれば、すなわちMが「平たい」空間であれば、クリストッフェル記号は全て0になる。よって
この「平たい」空間とのズレを測るのが曲率である。ただしクリストッフェル記号は局所座標の取り方に依存しているため、クリストッフェル記号自身を用いるのではなく、別の方法で「平たい」空間とのズレを測る。
ズレを測るため、クリストッフェル記号が全て0であれば、
となる事に着目する。この事実から「平たい」空間では、