五島市立奥浦中学校

五島市立奥浦中学校
地図北緯32度44分20秒 東経128度48分48秒 / 北緯32.73899度 東経128.81335度 / 32.73899; 128.81335座標: 北緯32度44分20秒 東経128度48分48秒 / 北緯32.73899度 東経128.81335度 / 32.73899; 128.81335
過去の名称 奥浦村立奥浦中学校
福江市立奥浦中学校
国公私立の別 公立学校
設置者 五島市
併合学校 奥浦村立戸岐中学校
校訓 自律・勤勉・友愛
設立年月日 1947年(昭和22年)4月1日
閉校年月日 2024年(令和6年)3月31日
共学・別学 男女共学
学期 3学期制
学校コード C142210000543 ウィキデータを編集
所在地 853-0053
長崎県五島市奥浦町1415番1号
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
テンプレートを表示

五島市立奥浦中学校(ごとうしりつ おくうらちゅうがっこう)は、長崎県五島市奥浦町にあった公立中学校

2024年令和6年)3月末をもって閉校し、五島市立福江中学校に統合された。

概要

[編集]
歴史
1947年(昭和22年)の学制改革によって新制中学校として発足。2022年(令和24年)に創立75周年を迎えた。
校訓
「自律・勤勉・融和」
校章
中央に「奥中」の文字(縦書き)を置いている。
校歌
作詞は市瀬正生、作曲は松尾政彦による。歌詞は3番まであり、各番に校名の「奥浦中学」が登場する。
校区
住所表記で五島市の後に「平蔵町、奥浦町、戸岐町」が続く地区。小学校区は五島市立奥浦小学校[1]

沿革

[編集]
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施)が行われる。
    • 旧・奥浦国民学校の初等科が改組され、「奥浦村立奥浦小学校」となる。
    • 旧・奥浦国民学校の高等科が改組され、「奥浦村立奥浦中学校」(新制中学校)となり、当面の間小学校に併設される。
  • 1948年(昭和23年)9月 - 中学校教育振興会が発足。
  • 1950年(昭和25年)
    • 4月 - 新校舎第一期工事が完成。
    • 11月 - 新校舎第二期工事が完成。
  • 1951年(昭和26年)4月1日 - 奥浦村立戸岐中学校を統合。新校舎第三期工事が完了。
  • 1953年(昭和28年)8月 - 多々良島に学校林を設定。
  • 1954年(昭和29年)4月1日 - 町制合併・市制施行により、「福江市立奥浦中学校」に改称。
  • 1956年(昭和31年)
    • 6月 - 京岳・平に学校実習地を設定。
    • 11月 - 浅草のり養殖場を設置。畜舎・堆肥舎が完成。
  • 1957年(昭和32年)2月 - 旧倉庫を産業館とする。
  • 1960年(昭和35年)8月 - 水産実習船「浦風号」が進水。
  • 1961年(昭和36年)
    • 1月 - 校舎敷地造成工事を実施。旧干拓事務所を移築し図書室・教具室とする。
    • 4月 - 生徒数が最大の355名(9学級)を記録する。
    • 5月 - 2教室を増築。
  • 1962年(昭和37年)9月 - 電話を設置。
  • 1964年(昭和39年)1月 - 泉噴水を設置。
  • 1967年(昭和42年)3月 - 国旗掲揚台を設置。
  • 1974年(昭和49年)6月 - 体育館が完成。
  • 1979年(昭和54年)5月 - 鉄筋コンクリート造新校舎が完成。校旗が寄贈される。
  • 1992年(平成4年)4月 - スクールバスの運行を開始。
  • 2004年(平成16年)8月1日 - 市町村合併により、「五島市立奥浦中学校」(現校名)へ改称。
  • 2024年(令和6年)3月31日 - 五島市立福江中学校への統合により、閉校。

交通アクセス

[編集]
最寄りのバス停
  • 五島自動車(五島バス)「仁丹窄(にたんざこ)」バス停
最寄りの道路
  • 長崎県道162号河務福江線

周辺

[編集]

参考資料

[編集]
  • 「福江市史 上巻」(1995年(平成7年)3月31日, 福江市)第3編 教育・文化、第2章 学校教育、第2節 学校の沿革と現況 p. 422

脚注

[編集]

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]