タコ

タコ
様々なタコ
分類
: 動物界 Animalia
: 軟体動物門 Mollusca
亜門 : 有殻亜門 Conchifera
: 頭足綱 Cephalopoda
亜綱 : 鞘形亜綱 Coleoidea
上目 : 八腕形上目 Octopodiformes
: 八腕形目 Octopoda
学名
Octopoda Leach1818
シノニム
和名
八腕形目
八腕目
タコ目
英名
octopus
亜目
詳しくは本文を参照

タコ(蛸、鮹、章魚、鱆、: octopus)は、頭足綱鞘形亜綱英語版八腕形上目八腕形目(八腕目、学名Octopoda)に分類される軟体動物の総称である[1][2]角質環や柄のない吸盤を付けた、多様な機能を持つ筋肉に富んだ8本のと、脊椎動物に匹敵する大きなを持つ頭部を前方にそなえ、厚い外套膜に覆われた内臓塊からなる胴を後方に持つことを特徴とする。

呼称

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和名と漢名

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日本語では、たこ[2][3][4][5][2][4][6][5]章魚[2][4][7][8][7][9]とも記す。「多古」[5]、「多胡」[10][5]、「太古」[5][10][11]のような音写のほか、「潮魚」[5]、「八梢」[5][注釈 1]、「章挙」[8][5]、「章拒」[8][5]、「章巨」[8]、「章花魚」[5][注釈 2]、「海蛸」[14][10]、「海蛸子」[15][10][16][11]、「海和魚」[5][17]、「海肌子」[10][5][11]、「小鮹魚」[15]、「望潮魚」[5][注釈 3]、「望潮」[8][注釈 4]、「𠑃魚」[注釈 5]、「䖣」[10]など、約30表記が知られる[5]

タコの語源は以下のような様々な説が知られる[2]。多くの説で、8本の腕を持つ様子に由来すると考えられている[16]

  1. タはを示し、コは「許多(ここら)」[20][21]または助語(子)で、手が多いことからの命名[22][2][8][16]
  2. タは手を示し、コは海鼠(こ、ナマコ)の義[21][23]、またはナマコカイコのコに通じ、手を持った動物の意[24][2][16]
  3. 動詞「綰く(たく)」に由来し、手を縦横に動かすことから[25][2][4]
  4. 「手長(テナガ)」の略転[20]
  5. 「手瘤(テコブ)」の義[26][27][28][2]
  6. タはを示し、コはコ(凝)の義で、手が物に凝りつくことから[29][2]
  7. 「膚魚(ハタコ)」の義で、鱗のない魚であることから[30][2]
  8. 「多股(タコ)」の義で、足が多いところから[31][2][4][16][32]
  9. 「足る(たる)」と「壺(こ)」を意味する「タルコ」の略転で、丸く膨れた腹に餌をため込み満足する様子から[32]

の判別はイカよりも難しいことから、地方名は少ない[33]。その地域の最有力種は「真」を冠して「まだこ」と呼ばれる[33]。標準和名ヤナギダコクモダコは方言名に由来するものである[33]

中国語では通称として章魚、古称として、ほか別名として八爪魚八帶魚[8][34]などと呼ばれている。漢字「」は「蠨蛸」でアシナガグモ Tetragnatha predonia を指す[3][14]。日本では『本草和名』でタコを「海蛸」と表記したことで、以降タコを意味する漢字として用いられるようになった[14]。この海蛸は、コウイカを本草で「海螵蛸」と表記することと混同したとも、8本の足をクモに見立てて海のクモの意に由来するとも説明される[14]。また、漢字「」がタコを表すのは日本での用例(半国字)で、中国ではヤガラアカヤガラ Fistularia petimba)を示す[6][15]

octopus

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英名 octopus(オクトパス)は、直接的には新ラテン語 octōpūs(オクトープース)の借用であり、その元は古典ギリシア語ὀκτώπουςoktōpous)、ὀκτώ (oktṓ)「8」 + πούς (poús) 「足」に由来する[35][36]ラテン語octōpūs複数形は octōpodēs であり、英語の octopus の複数形は octopuses である[35]。時に、ラテン語の第2変化名詞の語尾と誤解釈されて octopi という複数形が用いられることもあるが、これは正しくない[35][37][注釈 6]

Octopusマダコ属の学名としても用いられる。Octopus Cuvier1797 は、ジョルジュ・キュヴィエが1979年に Tableau Elémentaire de l’Histoire Naturelle des Animaux, 380. 中で記載したものである[39]タイプ種は日本のマダコ Octopus sinensis d'Orbigny1841 に近縁な地中海の種チチュウカイマダコ Octopus vulgaris Cuvier1979 である[39]分類学の父、カール・フォン・リンネはタコを認識していたが、1758年Systema Naturæ自然の体系』第10版では、コウイカ属の一種 Sepia octopodia Linnaeus1758 としていた。

外部形態

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タコの外部形態

eye: 眼, outer gill lamellae: 鰓葉, aperture: 外套開口, funnel: 漏斗, ocellus: 眼状紋, web: 傘膜, arms: 腕, dorsal: 背側, suckers: 吸盤, hectocotylus: 交接腕, ligula: 舌状片

タコやイカなどの頭足類の体は、頭足部(頭足塊)と胴部(内臓塊)からなる[40][41][42][43]。タコの内臓塊は外套膜に覆われた外套腔と呼ばれる空所に取り囲まれる[40][44]。また、タコの外套縁は背側で頭部と癒合するのに対し、外套膜の腹縁は大きく開口し、外套開口 (pallial aperture, mantle opening) となって外套腔内に海水を取り込む[45]。頭足塊は頭部からなり、前方にある[44]。内臓は後方に偏っている[44]。見た目で頭部に見える丸く大きな部位は実際には胴部であり[2][46]、本当の頭は腕の基部に位置して、口器が集まっている部分である[47]。すなわち、頭から足(腕)が生えているのであり、同じ構造を持つイカの仲間とともに「頭足類」の名で呼ばれる理由である[46][40][48]。底生のタコでは、生時は普通眼を最も高いところに位置させており、胴体は下に提げた姿勢を取っている[49]

体サイズは種によって異なり、最大のものは全長3 mメートルに達するミズダコ Enteroctopus dofleini やその近縁種である[50]。これまでの確実な記録では生きているミズダコで、全長4 m、体重71 kgキログラムのものが知られる[51][52]。あくまで説話上であるが、腕を広げた長さが9.75 m、重さは272 kg のミズダコの逸話もある[51][52][53]。それに次いで大きいのは、2002年にニュージーランド沖で引き揚げられたカンテンダコ Haliphron atlanticus の死骸で、体重60 kg、全長2.9 m であった[51]

小型のタコはピグミーオクトパス "pygmy octopus" と総称される[54][50][注釈 7]。記載されている種では、琉球列島コツブハナダコ 'Octopus' wolfi が最小とされる[56][57][注釈 8]。日本近海産のものではほかに、全長15 cm 程度のマメダコ 'Octopus' parvus が知られ[57]、かつては日本最小とされたこともある[1][50][注釈 9]。同様に、海外では全長11.5 cm のカリビアン・ドワーフ・オクトパス Paroctopus mercatoris が最小の種とされることがある[59]

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タコの腕の横断面。複数の筋肉層からなる。
EP: 表皮; LM: 縦走筋繊維; TR: 小柱(縦走筋束の隙間に広がる横走筋繊維の束); CT: 結合組織; CM: 輪走筋層; TM: 横走筋繊維; ANC: 軸神経索(腕神経[60]); OME: 外側斜走筋層; OMM: 中間斜走筋層; OMI: 内側斜走筋層; SU: 吸盤。
マダコ類の吸盤。2列に並んでいる。

複数の吸盤がついた8本の(うで、arm)を特徴とする[61][62]。ほかの軟体動物における「」に相当すると考えられているが[61]、物を掴む機能などにより、特に頭足類における足は学術的には「腕」と呼ばれる[63][44][64]イカでは普通、タコの持つ8本の腕に加えて触腕と呼ばれる2本の腕を持つため、合わせて10本の腕を持つ[61][63][注釈 10]。8本の腕は左右相称で、背側中央から外に向かって順に左右第1腕から第4腕までが数えられる[62][61][63]。ただし、雄はある決まった腕の一部が変形し、交接腕になる[62](「#生殖」節も参照)。

腕の間には傘膜(腕間膜)と呼ばれる広い膜が発達する[61]。捕食の際には、この傘膜で獲物を包み、捕らえる[66]。深海性のジュウモンジダコ属などの有触毛亜目では、傘膜を翻して腕の口側を外に向け、外套膜を覆うような行動が知られている[67]

吸盤

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タコの吸盤の断面の模式図。

吸盤(きゅうばん、sucker)の構造はイカ類とは異なり、柄や角質環を欠く[68][69][70]。これがイカとタコを区別する、もっとも重要で確実な違いである[68][71][注釈 11]

タコの吸盤は非常に多機能であり、移動や体の固定、餌の捕獲などに用いられる[68]。タコの吸盤の付着面には筋肉が放射状と同心円状に配置しており、放射状筋の上にさらに微小な吸盤が並ぶ[63]。タコの吸盤は外側の外環部(がいかんぶ、infundibulum)と呼ばれる付着部と内側の半球状のくぼみである内環部(ないかんぶ、acetabulum)の2領域からなる[68]。内環部が他物に密着した時の陰圧により吸着を行う[68]

この構造の違いは、生態を反映していると考えられている[69]。遊泳性の餌を捕らえ、暴れる餌を抑え込む必要があるイカに対し、タコは待ち伏せ型の狩猟を行うため、角質環のような爪が不要であると考えられる[73][70]。また、タコは底生であるため、海底を移動する際に引っかかることを避ける必要があり、角質環は邪魔になると考えられている[73]

また、吸盤には感覚細胞(受容体細胞)が分布し、全部の腕を合わせると2億4000万個になる[63][74]。物の形状が識別できる触覚(機械刺激受容)と化学受容器による味覚を持つ[63][74]

吸盤列は1列のものと2列のものが知られる[75][76]ジャコウダコ属 Eledoneナンキョクイチレツダコ属 Pareledone といったイチレツダコ類は吸盤列が1列である[77]メンダコ科ジュウモンジダコ科ヒゲダコ科からなる有触毛亜目では、吸盤列が1列であるが、代わりに腕に触毛(しょくもう、cirrus)が生えている[75][78]。白亜紀のムカシダコ Palaeoctopus newboldii も触毛を持ち、吸盤列が1列である[79]

タコの吸盤は切断されたものであっても、自分の体には吸着することはなく、この原理については判明していない。ただしタコの皮膚を取り除き、同じタコの腕を切断して近づけると、その腕の吸盤は皮膚を除去した部分に吸着する。また皮膚を貼り付けた物体に、切断されたタコの腕を近づけると、その部分にはくっつかず、皮膚のない場所にはくっつくという現象が確認できることから、皮膚に何らかの自己認識機構が存在するという説がある[80]。吸盤の表面は古くなると剥がれて更新される[81]。古い吸盤表面を剥がすために激しく腕をくねらせて互いにこすり合わせることがある。

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1対の鰭を持つジュウモンジダコ属 Grimpoteuthis の1種。

タコ類の多く(無触毛亜目)は、イカが持つような(肉鰭、fin[72])を欠く[40]。有触毛亜目(有鰭亜目)に属するヒゲダコ科メンダコ科メンダコなど)には鰭がある[78][82]。この鰭は俗に「ミミ(耳)」と呼ばれる[78]。鰭は筋肉からなり、水中で機動力を生み出す器官である[82]

漏斗

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腹側には漏斗と呼ばれるチューブ状の構造がある[68]。これは漫画では口のように描かれるが、実際の口は上述するように腕の付け根に存在する[48]。漏斗から外套腔内の海水を強く噴き出して、ジェット推進により移動する[68][48]。漏斗を自在に動かし、その向きを変えることで泳ぐ方向を調節する[68]。また、漏斗からは、雄は精包を放出し、雌は産卵の際、卵を放出する[48]。墨や排泄物も漏斗を通じて放出される[48]

漏斗は発生の過程では左右2に開いた構図をしており、それが癒合して形成される[68]

漏斗の左右には漏斗軟骨器と呼ばれる構造があり、外套膜と頸部を固定している[68]

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脊椎動物の眼とタコの眼の比較。
1. 網膜、2. 神経束、3. 視神経、4. 盲点

タコの眼は解剖学的に脊椎動物のものに似たレンズ眼であり、非常に発達している[83][84][85]。これは発生学的には異なるもので[83]、相似である[84]。発生の際、眼胞が発達して完全に閉じ、前方にレンズを生じる[86]。レンズを連ねる虹彩を持ち[86]、そのため様々な表情を示す[85]。後方には硝子体を持ち、これらは角膜によって包まれる[86]。ほかの軟体動物と異なり、眼には動眼筋が付着する[84]。そのため眼を筋肉で動かすことができる[84]。中央部はコウイカ目閉眼類と同様に完全に閉じる[87][注釈 12]。その外側には1枚の眼瞼ができる[87]

頭足類のレンズは外胚葉に由来し、視神経網膜の外側から伸びるため、盲点が存在しない[84]。眼のレンズは前後に仕切られ[84]、2枚が貼り合わさった構造となっている[85]。ヒトの視細胞は光の入射方向とは反対を向き、神経節細胞などのいくつかの細胞層を通って光を受容するが、タコの視細胞は頭部が光の入射方向を向いている[88]。また、脊椎動物の眼とは違い、正立像が得られる[85]

視細胞には桿体錐体のような区別はなく、単一の種類の細胞である[88]。その視物質ロドプシンのみであり、そのため色覚を欠くとされる[89]。視覚情報を利用した実験などから、コントラストは見分けることができると考えられる[89]。タコの視細胞の分光感度は、マダコ[注釈 13]で475 nmナノメートルイイダコで477 nm、ジャコウダコで470 nm であることが分かっており、何れも青色に相当する[89]。これはタコが底生であるため、海中で光が減衰し、海底では短波長の青や紫が届くことと整合的である[89]。視細胞の頭部には偏光の受容に関与する感桿という微絨毛が整列した構造を持つ[88]

ヒゲダコ属 Cirrothauma の眼は単純なカップ状で、角膜と瞳孔は持つが、虹彩とレンズを欠く[84]ボルケーノ・オクトパス Vulcanoctopus hydrothermalis の眼は皮膚下に埋没し、視覚機能をほとんど欠く[91]スカシダコ Vitreledonella richardi の眼球は楕円形の凸レンズで、体の横方向に伸びる長い柄を持つ[92]クラゲダコ Amphitretus pelagicus の眼は球面レンズを持ち、赤褐色の眼が望遠鏡のように背面に隣り合って並ぶ[93]

内部形態

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消化器官

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消化器官消化管とそれに付属する腺組織からなる[94]。タコの消化管は口-食道-胃-腸-肛門のように連続し[94]、背腹方向に折れ曲がったU字状の構造で、墨汁嚢が付属する[95]

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腕に囲まれた中央に口がある。
ミズダコ属 Enteroctopus の顎板を取り出した様子。
チチュウカイマダコ Octopus vulgaris の歯舌。9本の歯舌が並ぶ。

は腕に囲まれた内側の付け根に存在する[46][48]。口にはよく発達した口球(こうきゅう、buccal bulb)を持ち、その中に上下1対の嘴状の顎板歯舌を具える[96][95][48]

顎板(がくばん、jaw plate)は嘴(くちばし、beak)とも呼ばれ[56]、俗にカラストンビと呼ばれる[95][48][97]。背腹が対になっており、構造はほかの軟体動物が持つものとは異なっている[95]。背側の顎板を上顎板、腹側の顎板を下顎板と区別し、それぞれカラスとトンビと呼び分けられる[97]。下顎板が上顎板より突出している[98]。顎板の先端は鋭く、餌を咬み切るために用いられる[95][98]

歯舌(しぜつ、radula)は餌を引きちぎり、食物を運搬するために用いられる[99]。タコの歯舌はイカやアンモナイトと同様に、1本の中歯central tooth)に加え2対の側歯laterl tooth)、1対の縁歯marginal tooth)と1対の縁板[注釈 14]の9本の小歯を持つ[95][101]。タコの歯舌は三叉状、五叉状のものもみられ、特にフクロダコ科では櫛状の歯尖(しせん、cusp)を持つ[101]

消化管

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イチレツダコ Eledone cirrosa の消化管。
m. 口; J. 上顎板; J.' 下顎板; r.s.g. (右)前唾腺; B.M. 口球; r.b. 歯舌嚢の基部; r.s1g1 (右)後唾腺; cr. 嗉嚢; oes. 食道; St. 胃; Liv. 肝臓 (中腸線); l.h.d. 左肝膵管; r.h.d. 右肝膵管; Sp.Coe 胃盲嚢(螺旋盲嚢); int. 腸; i.s. 墨汁嚢; i.d. 墨汁管; an. 肛門[注釈 15]

食道oesophagus)は脳軟骨と脳を貫通する単純な管状の構造である[99][注釈 16]。食道中央部は膨らみ、嗉嚢(そのう、 crop, proventriculus)となる[99][102][103]は単純だが大きく発達し、2巻きの螺旋状の盲嚢(胃盲嚢、spiral caerum, gastric diverticulum)が付属する[99][102]。腸は単純で短く、胃の後部から外套腔の開口部に向けてまっすぐ伸びる[104]

中腸腺midgut gland)は1対で部分的に癒合し、卵形の一塊となっている[102]。中腸腺はよく発達し、肝臓域と膵臓域が分化する[96]。タコの膵臓は中腸腺(肝臓)に埋没し、切り離せない構造となっている[102][105]。中腸腺は1対の輸管(肝膵管、hepatic duct, hepatopancreatic duct)を持ち、合一して胃に開口する[102][105]

唾液腺

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後唾液腺に強い毒を持つオオマルモンダコ Hapalochlaena lunulataヒョウモンダコ属)。

唾液腺は2種類あり、口球の側方に1対の前唾液腺(前唾腺、anterior salivary gland)、口球の後方に毒が含まれる後唾液腺(後唾腺、posterior salivary gland毒腺)を持つ[99][101]。この後唾液腺から分泌されるセファロトキシンを用いて餌を麻痺させる[99][106][107][108]。ほぼ全てのタコは毒を持っているとされ[109]マダコサメハダテナガダコ Callistoctopus luteusワモンダコからセファロトキシンが検出されている[110][108]。この毒は人間に対しても患部に麻痺症状や炎症を引き起こすが[108][111]、命に別状はない程度である[109]

ヒョウモンダコ属のタコは例外で、分泌腺内に住むバクテリアに由来するテトロドトキシンを持っており、人間でも噛まれると命を落とすことがある[76][112][113]。毒の産生は分泌腺内に共生するバクテリアが行っている[114]。孵化前の幼生もバクテリアによって雌から毒が受け渡されるため、毒を持っている[108]。これは解毒剤は見つかっていない[115][114]

また、タコは口球の腹側に筋肉質の唾液乳頭が突出し、その下に下顎腺がある[99]。唾液乳頭は動かすことができ、二次的な歯舌として機能し、貝殻に穿孔して貝類を捕食する[99][109]#食性も参照)。

墨汁腺

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タコは危険を感じると漏斗を通じて墨を吐きだすが、これは直腸に付属する墨汁腺から分泌される[96][104]。墨汁は墨汁嚢に蓄えられ、墨汁管と肛門を通って漏斗から体外へ放出される[96][104]。深海性のホッキョクワタゾコダコ Bathypolypus arcticus などでは墨汁嚢を欠く[116]

神経系

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チチュウカイマダコの神経系。頭部の脳(灰色)、外套にある星状神経節(赤色)。左右の星状神経節の分布により、外套膜を左右で別の体色に変化させることができる。

軟体動物の神経系の中心は脳神経節側神経節足神経節が食道を囲むように位置してできた食道神経環である[117]。とくに頭足類では食道神経環が発達し、内臓神経節とも癒合してを形成する[118]。脳は頭蓋軟骨(脳軟骨)により取り囲まれており、白く硬い塊を形成する[118]。この頭蓋軟骨は脳を保護するためのものであり[46]中胚葉組織から発達する[87]

脳は食道上脳塊と食道下脳塊の2つからなり、それぞれが側方で縦連合によって連結される[118]。また脳は、24個の脳葉と呼ばれる瘤状の領域から構成されており、更に細分すると36–37個が数えられる[118]。タコ類の脳葉には名前が付けられており、頭頂葉、上位前額葉、下位前額葉、上位口球葉、視柄下葉、内臓葉、外套葉、後部色素胞葉、前部色素胞葉などが区別される[118]。眼の基部にある脳葉は視葉で、眼の発達と関連し、脳葉中で最大である[118][119]。視葉以外の脳葉は中央部分に集まっている[119]。また、学習能力は垂直葉とその周辺の脳葉が担っている[120]

また、脳以外にも小規模な神経節が9つ存在する[121]星状神経節は鰓の基部付近から外套膜に神経を放射状に伸ばす神経節であり、頭足類にのみ知られる[121][122]

平衡器の近くに生じた足神経節からは、腕神経節が前方の先から分岐して生じ、後部からは漏斗神経節が対をなして形成される[87]。腕神経節から伸びる腕神経(神経束)はそれぞれの腕の中央を貫通する[123]。腕には脳の2倍以上のニューロンが分布し[56]、それぞれの腕を伸ばす動作は脳による指令ではなく、腕そのものの神経によりコントロールされている[123]。この神経系の分散が、タコの柔軟性や動きの調整能力、高い適応力を生み出していると考えられている[56]

筋系

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その柔軟な体のほとんどは、他の多くの動物と同様に、筋肉組織が占めている[124][125]。タコの主要な筋肉はイカに比べて多く、頭部牽引筋漏斗牽引筋、外套収縮筋、中央外套収縮筋を持つ[126]。漏斗から噴き出される水によるジェット推進は外套膜の筋肉の運動が大きな影響を与えており[126]。放射状筋が弛緩して環状筋が収縮することにより体の直径が小さくなって水が噴出され、環状筋が弛緩して放射状筋が収縮すると外套腔へ水が取り入れられる[126]

またタコの腕は異なった向きに配向する3–4層の筋肉組織からなり、収縮と弛緩を組み合わせて向きを自在に変形する[127][61]

循環系

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イチレツダコ Eledone cirrosa の外套膜の腹側を開いた様子。
f.ant. 漏斗開口部; F. 漏斗; Ml 外套膜; h. 頭部; coll. 襟(外套膜縁辺部); an. 肛門; F.D. 漏斗下制筋; g. 鰓; od.ap. 輸卵管開口部; Ur.p. 尿乳頭(腎門); Br.ht. 鰓心臓; G. 生殖腺[注釈 17]

循環系はよく発達してほぼ閉鎖血管系となる[96][128][129]。それに対し、頭足類以外の軟体動物は開放血管系である[129]。収縮して血流を送る器官は心臓だけでなく、1対の鰓心臓を持つ[96][128]。そのため「3つの心臓を持つ」と言われる[56]。心房の数は1対で、心室が発達し、内部の弁により隔てられる[128]

血管は外皮・中皮・内皮の3層構造である[128]。頭部と外套膜に血液を送る前大動脈、内臓の後方に血液を送る後大動脈、前側から腎嚢に伸びる腎動脈、心房の前側から心臓を横切る形で生殖器官に向かう動脈を持つ[128]血圧は比較的高く、活動時は10 kPa (75 mmHg) 以上となる[129]

血液中にはヘモシアニンという呼吸色素が含まれており、そのため血液は青く見える。ヘモシアニンは鰓の付着膜と入鰓血管の間にある鰓腺で合成される[130]。ヘモシアニンはヘモグロビンに比べ酸素運搬能力に劣るため、長距離を高速で移動し続けることができない[131]。さらに、海水の pH 濃度にも影響を受けやすく、海水が酸性化すると酸素運搬能力が低下する[132]

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はほかの軟体動物と同様に櫛鰓で、1つの鰓は1対の鰓軸から鰓葉が交互に突出した構造をしている[133]。鰓は1対で[134][87]、それゆえ鞘形類は二鰓類 Dibranchia とも呼ばれた[135]背側に入鰓血管、腹側に出鰓血管が走るため、鰓葉内部では腹から背側に向かって血流が流れる[134]。鰓は付着膜(gill ligament, dorsal membrane)によって外套膜から吊り下げられ[134]外套腔にある[87]

発生においては初め、外套膜原基の隆起の前方に1対の乳頭状突起として生じるが、外套膜の発達とともに外套腔内に入って前後に伸び、櫛鰓となる[87]

排出器官

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マダコ Octopus sinensis の腎嚢に生息するヤマトニハイチュウ Dicyema japonicum(染色)。

タコは1対の腎嚢(じんのう、renal sac)と呼ばれる袋状の排出器官を持ち、その内部にある大静脈が膨出してできた腎嚢付属体(腎臓)が腎嚢内に血中の老廃物を排出する[136]。原尿は鰓心臓後端に付属する囲心嚢腺で濾過され、腎囲心嚢連絡管を通じ、腎嚢から体外に排出する[136]。外套腔内に開いた腎嚢の出口は腎門(腎口[87]、尿乳頭[60]urinary papilla)と呼ばれる[137][60]

腎嚢内には、ニハイチュウが寄生している[138]。これは1787年にイタリアの博物学者フィリッポ・カヴォリーニにより発見された[139][140]。ニハイチュウは体皮細胞の表面にある繊毛の繊毛運動により、尿中を遊泳したり腎嚢内の腔所を移動する[138]。ニハイチュウ類の寄生率は、温帯海域の砂泥に生息するタコで高く、成熟したマダコやイイダコではほぼすべての個体に寄生している[141][142]。ニハイチュウは宿主特異性を持ち、ほぼ全ての場合において、異なる種の宿主には異なる種のニハイチュウが寄生している[142]

貝殻

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貝殻(卵殻)を持つチリメンアオイガイ Argonauta nodosusの雌。

また、頭足類貝類であり、内在性の貝殻を持つが、タコ類では完全に退化するか、軟骨質(寒天質)になる[75][96][79]。軟骨質の貝殻はスタイレット[143](棒状軟骨、stylet[98])と呼ばれ、棒状かU字状、H字状をしている[144]。この貝殻の喪失は、体色変化による隠蔽、墨の利用、ジェット推進による遊泳、強い腕や顎の獲得などと関連していると考えられている[145]。また、脳の発達による学習や記憶などもこの貝殻の喪失の影響があると推測されている[146]。大きな鰭を遊泳に利用するヒゲダコ科ではスタイレットがこれを支えている[147]

タコでもアオイガイ Argonauta argoタコブネ A. hians などのアオイガイ科は螺旋状の外在性で石灰質の貝殻をもつが、これは雌の第1腕から分泌されたものであり、オウムガイなどの貝殻とは直接的な起源が異なる[96][144]。また、アオイガイ属の貝殻は内部に隔壁を持たない[144]。この貝殻は卵を保持する機能を持ち、雄は形成しない[144]

生態と行動

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サルパ内に住むアミダコ Ocythoe tuberculata
分類群とその主な生息域[148]
生態と生息域 分類群(科)
浮遊性 表層遊泳性 ムラサキダコ科
アミダコ科
アオイガイ科
中層浮遊性 フクロダコ科
クラゲダコ科
スカシダコ科
カンテンダコ科
深海・近底層浮遊性 ヒゲダコ科
Stauroteuthidae
メンダコ科
Cirroctopodidae
底生性 浅海性 マダコ科
ジャコウダコ科
ミズダコ科(ミズダコ属)
深海性 ミズダコ科(その他)
Megaleledonidae
Bathypolypodidae

ほかの軟体動物は間隙性や付着性など海底面に接して生活するものが多いのに対し[149][150]、タコはイカとともに海面直下から深海域までの3次元的な生息域を持っている[150]。特にタコ類は潮間帯から水深6000 m 以深まで幅広く分布する[76]。最大水深は8,100 m とも言われる[151]。しかし淡水生のものは知られておらず[150]狭鹹度性で塩分は30‰以上を求める[152]。そのため、「蛸の真水嫌い」や「梅雨時に雨の多い年は蛸、烏賊が少ない」と言われる[153]。また、夜行性のものが多いとされる[154][155]

マダコ Octopus sinensis などタコ類の大半は底生で、腕が発達し匍匐生活を送る[75][76][156]。底生のものでも、好む底質などの生息環境は種によって異なる[151]。岩礁にあるクレバスや転石の間隙には底生のタコ類が生育し[157]、マダコなどが巣穴として利用する[151]。潮間帯にできるタイドプールには小型のタコ類がみられ、昼間はクレバスに身を隠している[150]カジメの根元にはマメダコなどの小形のタコ類が生息する[150]イイダコ Amphioctopus fangsiaoミミックオクトパス Thaumoctopus mimicus などでは内湾寄りの砂泥地に落ちている貝殻や甲殻類が形成する穴などを棲み家として生息する[157][151]サメハダテナガダコ Callistoctopus luteus では砂底中に埋没して隠れている[151]珊瑚礁棲のワモンダコ 'Octopus' cyanea などは、その複雑な地形を利用し身を隠している[151]。深海性の底生のタコは巣穴などを利用せずに、泥質の海底を匍匐していると考えられる[151]

その一方で漂泳性の種も多く知られている[149]ムラサキダコ Tremoctopus violaceusムラサキダコ科)は表中層を浮遊する[76][149]アミダコ科も浮遊性で、雄はサルパの皮殻内に入る[75][149]クラゲダコ Amphitretus pelagicusクラゲダコ科)、カンテンダコ Haliphron atlanticus(カンテンダコ科)、ナツメダコ Japetella diaphanaフクロダコ科)などは中層を浮遊する[148][158]。クラゲダコやスカシダコ Vitreledonella richardi が透明であるのは、隠れる場所が少ない海の水柱の中層で、影を消したりクラゲへのカモフラージュによって捕食者に見つかりにくくする効果があると考えられている[159]アオイガイ科も浮遊生活を送り、雌は卵を保護するための貝殻を作る[75]

巣と移動

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多くのタコ類で鉛直方向または水平方向の移動を行うことが知られている[152]。ただし、温暖な地域のものは定着性が強いと言われる[160]

マダコ類の多くは海底に巣穴(デン、den、蛸穴[161])を持つ[162][163][164]マダコワモンダコは岩の隙間や礫の下に巣穴を持つ[162]

マダコは単独で行動し、海底の巣穴をとして、夜になると索餌のために海底を這って動き回り、帰巣する[163][164]。この際に学習や記憶を行っていると考えられている[163]バミューダのマダコ[注釈 18]では、巣穴から出て2 m 以上の移動を10分以上かけて行い、往復路で違う道を用いて帰巣した[165][166]。これは池田譲によると、全く同じ道を戻るトレイル・フォローではなく海底の岩などを道標として、景観を見て帰巣しているのだと考えられている[167][168]。索餌には1日のうちの5–6時間を費やしており、残りの時間は巣穴の中で睡眠またはハウスキーピングを行っている[155]

マダコ漁業に用いられる蛸壺はこの巣穴に隠れる習性を利用したものである[164]。自分の巣穴から遠く離れた場所で餌を捕まえた場合、運搬の途中で隠れ場所を見つけるとそこに持ち込んで食べる[164]。自分の巣穴まで持ち帰るにはコストがかかり、その低減のために行う行動であるが、巣穴からどれだけ離れているかという判断も行ったうえで、蛸壺を利用することが知られている[164]。またタコは食べ残しやゴミを取り除き、巣穴の外に運ぶことが知られている[169][170]。そのため、蛸壺の内部は綺麗でないと入らないとされる[164][171][172]

小形のタコはサザエアカガイヒメスダレガイなどの貝殻を用いて巣穴とする[162]スナダコ Amphioctopus kagoshimensis は様々なものを巣穴といて利用し、時には人工物をも用いる[162]イイダコでも、二枚貝の貝殻を2つ合わせて身を隠し、その中で抱卵する[173][174][175]メジロダコ A. marginatusサツマアカガイなどの二枚貝を腕に挟んで海底を移動し、「貝持ち行動」として知られている[176]#道具の使用も参照)。

インドネシアウデナガカクレダコ Abdopus aculeatus では、「二足歩行 bipedal walking」をとることがクリスティン・ハッファードにより報告されている[177][178][179]。メジロダコも二足歩行を行う事が知られている[180]。タコの二足歩行では、胴体をボール状に丸くし、腕のうち2本を用いて交互に動かし、移動する[177]。これは防衛行動の一種や[181]、体力を温存して行動するためだと考えられている[56]

また、種によってはタコも渡りを行うことが知られている[182]津軽海峡ミズダコで渡りが観察されており、海底を移動し、水深200 m に達する津軽海峡を越えて北海道青森県を行き来する個体が報告されている[183]。日本のマダコも渡りを行い、渡り群と地着き群が存在することが知られている[184][185]。特に常磐地方のマダコで渡りが知られ、多数のタコが群れを成して南北移動を行う[186][152]イギリス海峡チチュウカイマダコ Octopus vulgaris も冬場の低水温を嫌って南方に回遊するといわれる[160]

平衡感覚と聴覚

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タコは軟骨でできた平衡胞と呼ばれる器官を左右1対持ち、中に炭酸カルシウムでできた平衡石を具える[187]。平衡胞内壁表面に生える微絨毛に平衡石が触れることで姿勢を認識する[187]。移動の際は加速度も検知することができる[188]

また、平衡胞内の多数の毛を使って狭い範囲の(振動)を感知している[189]。外洋に生息するイカに比べて聴力は弱く、底生のマダコでは400–1,000 Hzヘルツの音しか知覚できない[189]。これは水深1–2 m 以深では高周波の音は伝わりにくく、凹凸の多い海底では障害物に吸収され知覚できる可能性が低いためとも考えられる[189]

平衡胞を外科的に破壊すると、平衡感覚が失われる[188]。タコの眼の向きは体の向きにかかわらず常に水平方向を向くようになっているが、平衡胞を破壊するとタコの向きに依存して眼の向きが変化してしまう[190]。平衡胞を破壊したタコでも「回り道」の認識には大きな影響がないが、図形の向きの認識には支障を来す[188]。また、平衡胞は50–400 Hz低周波の音によっても損傷を受けることが分かっている[191]

食物網

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食性

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カニを食べるメジロダコ Amphioctopus marginatus

鞘形類はイカもタコも大型肉食性捕食者で、甲殻類を食べる[192][193][194]。特に底生のタコはカニ二枚貝を好んで捕食する[193]。タコはカニにとっての天敵であり、カニの一種 Carcinus maenas では、歩脚を木製ピンセットをつまんでも起こらないが、タコの腕を吸いつかせると直ちに自切反射が起こることが知られている[195]。イギリスではタコの急激な増加によりエビ漁業が脅かされる現象が起こり、オクトパス・プレイグ(octopus plague、「タコによるペスト」)と呼ばれた[155][196]。マダコやイイダコでは貝類を食べる際、まずはの力でこじ開けを行い、それで開けられなかった場合、歯舌で貝殻に穿孔して唾液腺の毒(チラミン[155])を注入し、餌を麻痺させてから捕食する[197][198]。海底に落ちている魚の死骸を食べることもあり[199]イチレツダコ Eledone cirrhosa は生きた甲殻類だけでなく死んだ魚を食べる[194]

吸盤には化学受容細胞が分布し、触覚により餌を探ることができる[200]テナガダコ Callistoctopus minor は海底の泥中に埋没して、第1腕を水中に伸ばして餌を捕獲する[200]ホワイト・ブイ・オクトパスと通称される未記載種[注釈 19]は、他の生物の巣穴に腕を差し込んで捕食する[202]

深海棲のホッキョクワタゾコダコ Bathypolypus arcticus では、胃内容物から大量の有殻翼足類と少量の甲殻類が見つかっている[194]。遊泳性のアオイガイ属 Argonauta は小型甲殻類や魚類を捕食する[194]。中でもチヂミタコブネ Argonauta boettgeri は浮遊性翼足類カメガイを捕食することが観察されている[194]。南極海に棲むオオイチレツダコ Megaleledone setebos (≡Graneledone setebos =Megaleledone senoi) は胃内容物からは、由来不明の固形内容物のほかクモヒトデの骨格も見つかっており、別の記録では例外的に大量の海藻が占めていた[194]'Octopus' filamentosus では干潮時に半海洋性のウシオグモDesis martensi を捕食しているのを観察されたこともある[194]。漂泳性で歯舌が消失しているヒゲダコ科微小物食性となっている[194]

漂泳性のムラサキダコは、若齢時に表層を漂う猛毒のカツオノエボシを好んで捕食し、その刺胞を含む触手を第1腕から第2腕の吸盤に付着させる盗刺胞を行い、武器として利用する[203][204]。この刺胞は天敵からの防御や捕食の際に用いられる[203][204]

ワモンダコ 'Octopus' cyanea は、バラハタ Variola louti などの魚類と協力して狩りを行い、群れのリーダーとしての役割を担っていることが知られている[205]。バラハタは30 m 先の獲物を見つけることができ、ワモンダコに微妙な頭の揺れで合図を送る[205]。それを見たワモンダコは岩の隙間に隠れる獲物を追い出して捕らえ、バラハタと分け合う[205]。その際アカハタ Epinephelus fasciatus などの狩りに協力しない他種の魚が餌の横取りを狙うことがあり、腕を鞭のようにしならせた「タコパンチ」によりそれを追い払う[205][206][207]

共食いと自食

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鞘形類では共食い(カニバリズム)も一般に観察され[194]、特に珍しいことではないとされる[208]。そのため、同類のものが互いに食い合うことを喩えて「蛸の共食い」という[209][161][注釈 20][212]。明石のマダコでは胃内容物の6.0% が同種である[155]。ミズダコの胃内容物中には一定の割合で同種と考えられるタコの断片が見つかり[213]、シアトル水族館の水槽などでも交接後に雌が雄を捕食した例が観察されている[214]。ワモンダコでも、野生下で雌が交接後の雄に襲い掛かり、捕食することが観察されている[214]

チチュウカイマダコマダコカリフォルニアツースポットダコ Octopus bimaculoides では自分の腕を食べる行動(自己共食い、セルフカニバリズム)が観察されている[112][215][208]。かつては空腹の際に自分の腕を食べるという俗信があり、「タコは身を食う」や「タコの手食い」という表現も生まれた[216]。しかし瀧巌の観察によると、アサリなどの餌生物を与えていても起こるため飢餓ではないことが分かっている[112]。この行動は何らかの病原体によって引き起こされる感染性の致死的疾患であると考えられている[217]。腕を食べ始めたタコは数日以内に死亡する[112]。消化管内には腸内で消化されておらず、小肉片となって腸内を充填してしまう[112]。この行動の多くはストレスによるものではないと考えられることもある一方[217]、精神の異常によるものだと考えられることもある[112][196][215]。例えば、豊かな環境の水槽とごく普通の水槽にカリフォルニアツースポットダコを入れて行動を比較した研究では、後者でのみ自食行動が観察された[215]。またこの種では、産卵後の雌で自分の腕の先端を食べる行動も観察されている[208]。こういった行動をとる雌では、視柄腺からコレステロール前駆体である7-デヒドロコレステロール(7-DHC)が分泌されていることが分かっている[208][注釈 21]

被食者として

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食物網の中でのタコは捕食者であると同時に被食者でもあり、海洋生態系中で非常に重要な餌生物となっている[218]。人間にとってタコは食品として利用されているが、海洋の捕食者にとっても優れた餌となる[218]。硬い殻や骨を持たず、ほぼすべて消化可能であり、効率が良い[218]。そのため、カマスハタフエダイイットウダイアイナメカサゴサメといった魚類だけでなく、ラッコアザラシシャチといった海棲哺乳類、鳥類もタコの天敵である[219]。ただしクジラマグロなどの重要な餌生物であるイカに比べると、タコは底生で隠れ家を持つものが多く、被食されにくい[218]

タコの天敵として最もよく知られているのはウツボである[218][220]。ウツボは大型の底生魚類であり、クレバスの奥にも潜り込めるため、タコの捕食者になりやすい[218]。また、鱗がなく皮膚が強靭で硬く、歯も鋭いためマダコと格闘し腕などを食いちぎる様子がよく観察されている[220]。マダコはウツボに襲われると、腕を翻して丸まり、防御の姿勢を取る[221]。そしてその後隙を見て逃走を図るが、腕の先を咬まれ腕を失うこともある[221]アナゴなどほかのウナギ類もタコの天敵となる[222]

ほかの魚種からも報告があり、ホッキョクワタゾコダコ Bathypolypus arcticusタイセイヨウオヒョウ Hippoglossus hippoglossus の胃内容物から見つかっている[220]。またイギリスでは、イチレツダコ Eledone cirrhosaタラ類やアンコウ類に捕食されていることが知られているほか、水槽で飼育されている卵はカニに捕食されている[220]。孵化したばかりの稚仔(擬幼生)はプランクトンとして、ヒゲクジラオニイトマキエイジンベエザメなどの濾過摂食者に捕食される[223]

大型のタコや有触毛亜目のタコはサメアザラシ鯨類に捕食される[220][147][224]。そのため、青森県下北半島では「海驢は蛸の群れについて来る」というが伝わる[153]。似た言い伝えとして、島根半島では「アオイガイが来るとマグロが獲れる」と伝わる[225]。しかしこの捕食-被食関係も一方的なものではなく、稀にではあるが、大型のタコが小型のサメを捕食することがある。またシアトル水族館では、ミズダコが同じ水槽で飼われていたアブラツノザメを攻撃し、死亡させた例もある[219][226][227][228][106]

深海棲の有触毛亜目では天敵となる捕食者の記録は少ないが、これは食べられていないというわけではなく、顎板から種を見分けるのが難しいためであると考えられている[147]。漂泳性の種も重要な餌生物となっていることが知られており、ナツメダコ Japetella diaphana は寒天質にも拘らず、マグロ類やミズウオの胃の内容物から頻繁に見つかる[229]

ミズダコのような最大のタコでも、大抵は臆病でダイバーを見ると墨を吐いて逃げるが、その力は強く、もし絡まれると危険な目に遭う可能性もある[230]。特に、年老いたタコでは攻撃的になることが知られ、ブリティッシュコロンビア州パシフィック・アンダーシー・ガーデンズで飼われていたミズダコが死ぬ数週間前にレギュレータに腕を絡ませ、ダイバーの呼吸を阻害した事例も知られている[231]

腕の自切と再生

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多腕の奇形マダコ。

頭足類の腕は捕食や移動、自切、交接や競争に加え、攻撃や共食いにより傷つくことがあり、再生能力を持つ[232][233]。体が損傷すると、それに応答して再生を始める[232]

カクレダコ属 Abdopus は捕食者に襲われると腕を自切し、デコイとして利用してその隙に逃げることが知られている[234]テギレダコ Callistoctopus mutilans は捕らえようとすると腕を自切して逃げることから、その和名や学名が名付けられた[50][注釈 22]

傷ついた腕が再生する際、2叉または3叉に分枝し異常な腕となることがある[232]鳥羽水族館には三重県沖から漁獲された多腕となったマダコが度々持ち込まれ、うち85本のものは1955年の開館直後から展示されている[235]

墨による防衛

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危険を感じると、漏斗を通じて墨汁(墨)を吐き出す[104]

タコの墨は、一般的に食用に供されるイカの墨とほぼ同じ成分であり、タンパク質、セピアメラニン、多糖類、脂質を含む[236]。しかし、タコの墨はイカのものに比べ、粘液物質であるムコ多糖や脂質が少ないため、さらさらとしている[237][236]。そのためタコは墨を煙幕として拡散させ敵から逃げる[104][237][236][注釈 23]。遊泳性のイカに比べ、底生のタコは隠れ場所に困らないため、このような戦略を用いていると考えられる[237]

また、この墨にはチロシナーゼが含まれ、敵の眼や受容器を刺激する機能もある[219][238]。チロシナーゼはオキシトシンバソプレシンを阻害する酵素である[238]。また魚の鰓などに絡まってダメージを与える働きもあると考えられている[204]。人間がタコを搬送中に墨を吐くと、自分の墨が鰓に絡まって死んでしまうこともよく知られている[239]

タコ墨が料理にあまり用いられないのはイカ墨と比べて絡まりにくいためであり[240]、料理に不向きとされることもあるが[237]、一方成分はほぼ同じであることから美味ともされる[236]。墨汁嚢が肝臓(中腸腺)中に埋没するため取り出しにくく、さらに1匹から採れる量もごく少量であることが、タコ墨が料理にあまり用いられない真の理由だとされる[241][236]

漂泳性のムラサキダコの墨は粘り気が強く、イカのものに類似している[242]

擬態とコミュニケーション

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擬態中のミミックオクトパス Thaumoctopus mimicus

頭足類は聴覚が発達しないことから、視覚情報を重要なコミュニケーションの方法として用いている[243]

タコの体表には体表の色彩を変化させる色素胞器官を持つ[68][243][220]。これは黄、橙、赤、茶、黒と様々に色を変化させる色素細胞と放射状の筋肉、神経などのいくつかの異なる細胞からなる複合体である[68][220]。神経によって直接支配されるため、内分泌系に制御される魚類の色素胞とは異なり機敏に体色を変化させることができる[244][243]。単に色だけでなく、反射性や質感、明るさを周囲の環境に合わせて変化させることができる[245]。また、眼にある視物質ロドプシンのみであるため色覚を欠くとされるが[89]、皮膚にも視物質であるオプシンを持つことがわかっており[246][247]、色素胞を透過させカラーフィルターとして用いることで色の判別に役立てていると推測する研究者もいる[248]。この色素胞は、擬態(カモフラージュ)と意思疎通(コミュニケーション)に機能すると考えられている[243]

また色素胞だけでなく虹色素胞 (虹色胞、iridophore) を持つ[249][250]。これは光の干渉による構造色を呈し、様々な色の光や偏光を反射している[251]。虹色素胞は仲間とのコミュニケーションに用いていると推測されている[251]。また色素胞、虹色素胞に加え白色素胞(白色胞、leucophore)も持ち、変化する色素胞の色の下地を作っている[251][250][252]

また、タコはイカに比べ、表皮層が厚く、肌の凹凸を変えることができ、これも体色の変化に加え背景に溶け込む隠蔽的擬態に寄与する[68][244]。単に背景と同じ模様にするというより、目印を選んで擬態することが明らかになっている[253]。例えば、ヘアリーオクトパスと呼ばれる未記載種は、体表の突起を分枝させて伸ばし、海藻の生えた石に擬態する行動が知られている[244][254][255]

また、有毒生物などに似せて身を守る標識的擬態を行うものも知られている[244]ホワイト・ブイ・オクトパスと通称される未記載種はカレイ類に擬態する[202]ミミックオクトパス Thaumoctopus mimicsウシノシタミノカサゴウミヘビなどの有毒生物に擬態(ベイツ型擬態)し、動きを似せることが知られる[256][244][257][258][259]ブンダープス Wunderpus photogenicus は15種以上の生物に擬態することができる[260]。これは捕食者の種類に合わせて何に擬態するか選択を行っていると考えられるため、チンパンジーカラス科と同様に他者視点を獲得しているとされる[223]。また、多くの種で第1腕を持ち上げ腕の先端を丸めて体全体を漂わせる姿勢を取るフランボワイヤン・ディスプレー (flamboyant display) を行うが、これも標識的擬態であると考えられる[261][262]

沿岸域に生息する種では、眼状紋(眼紋、ocellate pattern)を威嚇行動に用いる[243][112]。イイダコは会敵した際、外套膜背面に4縦帯、各腕の両側に黒帯、第2腕・第3腕の基部に眼状紋を生じる[220]。同属のヨツメダコ Amphioctopus areolatus も同様の眼状紋を生じ、会敵の際に眼をカモフラージュするのに用いると考えられている[263]。また、横縞(暗色の波形)を体表を流れるようにネオン状に前後に動かす「行雲」と呼ばれる行動を行う種も多く知られ、この行動は警戒行動に用いたり、採餌中の興奮状態に現れる[243][264]。これは動きながら自分の居場所を悟られることなくカニなどの獲物を誘い寄せるためであるといわれる[264]

認知能力と学習

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タコは脳が発達し、視覚や触覚、遊泳能力などに優れる[118]。また、学習能力さえ持っている[118]。頭足類の神経系と感覚器官は無脊椎動物の中で最も発達し、全体重に対する脳の重量の割合は爬虫類も上回っている[118]

タコの脳には5億個のニューロンがあり[56]、犬や3歳の子供と同じくらいの知能で[265]、一説には最も賢い無脊椎動物であるとされている[266][267]

タコは物体の形や大きさ、色の明暗を区別し、学習することができる[268]ジョン・ザッカリー・ヤング英語版 (1963) はチチュウカイマダコ Octopus vulgaris に白い玉に触れた場合に餌という報酬を与えるオペラント条件付けによる学習訓練を行った[269][270]。これにより、タコは白い玉が現れると触るようになる[269]。そのうえで白い玉と赤い玉を提示すると、白い玉を触る行動をとる[271]。大きさが異なる玉も区別することができる[269]。また、図形も区別することができる[272]正方形を選ぶように訓練されたタコは、菱形と正方形を提示すると正方形を選ぶことができる[272]。これは三角形や十字形でも同様に学習でき、枝分かれや、向きについても見分けることができる[272]。ただし、十字形と十字にさらに線が交差した図形や、円と正方形の区別は苦手とする[272]。また、形状は視覚だけでなく触覚によっても学習することができ、溝を刻んだ物体と滑らかな表面の物体を区別できる[272][168]。重さについては識別できないと考えられている[273]

また、新規の課題を学習し解決することができる[274]。例えば、密閉されたねじ蓋式のガラス瓶に入った餌を視覚で認識し、瓶の蓋をねじって餌を取ることができる[273]。ほかにも、「回り道」が理解できる実験結果が得られている[275]。チチュウカイマダコに餌のカニ入りガラス瓶がある部屋とカニ無し部屋の二枚のガラスの壁が提示され、通路を進み突き当りを曲がらなければ餌に辿り着けない状況が与えられた[275]。29個体中8個体が初回の施行で餌まで到達できた[275]。さらに、10回正解したタコに対し餌の瓶を煉瓦で遮蔽して課題を与えたところ、ガラス越しに餌を見ながら進み、同様に餌に辿り着くことができた[275]。外科手術により片眼を除去すると誤った部屋に入ることや、振動や臭いの影響をなくした実験を行っても正しい部屋に辿り着けたことから、視覚情報を指標として課題を解決したことが示された[187]

社会性行動を行うシドニーダコ Octopus tetricus は、同種他個体を識別していると考えられている[276]。飼育されているタコでは、人間の顔の見分けがついていると考えられる経験による実例がいくつか知られ、人間の行動に応じて状況を判断し、行動していると言われる[277]シアトル水族館で飼われていたミズダコに対し、2週間「良い警官」役が餌を与え、「悪い警官」役が棒でいじめると、それに慣れたタコは前者には近寄ってきて餌をもらえる体勢を取ったのに対し、後者には敵意を示す体色を示したり、水を噴きかける行動を取るようになった[278]

道具の使用

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種類の異なる2枚の貝殻を組み合わせ、護身用として持ち歩くメジロダコ
東ティモールディリ県近海にて2006年撮影。

1998年には、インドネシア近海に棲息するメジロダコ Amphioctopus marginatus が、人間が割って捨てたココナッツの殻を持ち運び、組み合わせて防御に使っていることが確認され、2009年12月、「無脊椎動物の中で道具を使っていることが判明した初めての例」として、二枚貝貝殻や持ち運び可能な人工物を利用して身を守る様子がジュリアン・フィンらによりイギリス科学雑誌『カレント・バイオロジー (Current Biology) 』で報告された[279][280][281][282][283](動物の道具使用については別項「文化 (動物)」も参照)。これは「タコの貝持ち行動」と呼ばれている二枚貝を用いて身を守る行動の転用だと考えられている[279][176]。二枚貝を用いる行動自体はイイダコ A. fangsiao において以前から知られていた[279]

好奇心と遊び

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アリストテレスの『動物誌』には、タコは水の中に下ろした人の手の方に歩み寄ってくるため捕獲しやすく、「利口ではない」と記述されている[284]。この行動はアリストテレスが考えたように愚かであるわけではなく、その好奇心故に水中に現れた人間の手に興味を持ったことによる行動だと考えられている[284]。目新しいものが現れると、腕やその吸盤、口などで「調べる」行動をとる[284]。水中を泳ぐ人についても近づいて絡みつき、「身体検査」を行う[284]

好奇心には同種内でも個体差が存在する[285]タムセン・デヴィッドスミソニアン国立動物園のタコに様々なおもちゃを与えたところ、個体によってその好みが異なることが観察されている[286]。目新しいものにすぐ飽きてしまう個体もいれば、しばらく同じものにずっと興味を示す個体も存在する[287]

タコは「遊び」をすることが知られている[288]。タコの遊びはジェニファー・メイザーとロナルド・アンダーソンによりミズダコ Enteroctopus dofleini で最初に報告された[288][287][289]。水槽内で飼育されていたミズダコが、自分の近くにある物体を漏斗から海水を噴出して吹き飛ばす行動をとった[288][287]。飛ばされた物体が水槽内の水流によりタコの近くに戻ってくると、タコは再び海水を噴出した[288][287]。この個体は何日も定期的に同じ行動をとっていた[290]

メイザーとミカエル・クバらにより、さらに高度な遊びがチチュウカイマダコ Octopus vulgaris で観察されている[288][291]。タコにレゴブロックを与えると、それを掴んで移動したり、腕を使って近付けたり遠ざけたりする行動を繰り返す[292]。タコはレゴブロックを餌とは認識せず、捕食や生残に関係なく「遊び」の行動をとる[292]。日本のソデフリダコ類似種「トロピダコ」 'Octopus' aff. laqueus では、でない2個体が抱き着いたり振り払ったりしてじゃれ合う様子が観察されている[293]

睡眠

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タコは2つの睡眠段階を持ち、そのうちの1つはレム睡眠に相当することが発見された[294][295][296]。この段階では、タコは体色や筋肉の動きを変えることがあり、「夢」を見ている可能性がある[294][295][296]。これはレム睡眠が認知能力や進化に関係する一般的な特徴である可能性を示唆している[294][295][296]

社会性

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社会性を持つと言われるオオシマダコ。

アオリイカなどのイカが群れで行動し、社会性を持つのに対し[297]、多くのタコは単独で行動する[298][299]。飼育されているマダコでは、等間隔に環状に配置された巣穴の鉢をある個体がずらすと、残りの個体はそれから遠ざかるようにずらし、再び鉢が等間隔に移動する行動が観察されている[300]。しかし、種によっては社会性を示すものも知られている[301]

マーティン・モイニハンアラディオ・ロダニーチェは、1982年、オオシマダコ英語版[注釈 24]と呼ばれる未記載種が社会性を持つ例を報告した[301][302]。オオシマダコは30–40匹が集団で生息し、1 m 程度の間隔を空けた巣穴で暮らしている[301]。3つの巣穴を2匹が共同で利用している様子も見られた[301]

また、シドニーダコでも狭い範囲に多くの個体が巣穴を作っていることが観察され、デイビッド・シールピーター・ゴドフリー=スミスらにより報告されている[303][304]。巣穴外で他個体に遭遇した場合、互いに威嚇したりする社会的干渉が観察された[303]。ゴドフリー=スミスはこの集団を「オクトポリス (Octopolis)」と表現している[305][169]。この種の別の集団はまた、「オクトランティス (Octlantis)」と呼ばれている[306]

ソデフリダコ 'Octopus' laqueus はタコ類では珍しく、水槽内で他個体間で身体を密着させる行動を示し、愛着行動の一種であると考えられている[307]。こういった行動は人為的にも引き起こされ、カリフォルニアツースポットダコ Octopus bimaculoides は単独性が強いタコであるが、MDMAを投与すると行動が社会的なものに変化し、腕を伸ばして他個体に触れる行動を示した[308][309]。これはセロトニントランスポーターに MDMA が結合し、過剰に放出されたセロトニンが同種他個体への強い関心を引き起こしたと解釈されている[308]

発光と燐光

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(発光ではなく)燐光する性質を持つ白点に覆われたシマダコレユニオン島にて。

イカは多くのものが発光し、約半数にあたる210種程度に知られているが、タコでは以下の3種しか知られておらず、何れも漂泳性である[168][310]。中層浮遊性のエビや魚類では(カウンターイルミネーションを行うため[311])発光するものが多いが、タコは底生のものが多いため、発光する種が少ないと考えられる[312]。なお、タコに近縁なコウモリダコでは鰭の後ろに発光器を持つ[313]

イイジマフクロダコ(フクロダコ) Bolitaena pygmaea の成熟雌の口の周りを過酸化水素で刺激すると発光する[168][314]。イイジマフクロダコの発光器は黄緑色に光り、雄を誘引するためであると考えられている[314]。同じフクロダコ科ナツメダコ Japetella diaphana でも、同じく雌の口の周りがドーナツ状に発光する[314]。このような発光器を持つのはこの2種のみである[314]

また、ヒカリジュウモンジダコ Stauroteuthis syrtensis では雌雄ともに吸盤が発光するという報告がある[312][315]。刺激により、比較的明るい青緑色(最大波長 470 nm)の発光を行う[316][315]。光は1–2秒おきに点滅したり、5分間発光し続けることが観察されている[315]。雌雄ともに発光するのはタコで唯一である[315]

発光ではなく燐光を発することは底生のタコ類で知られている[152]シマダコ Callistoctopus ornatus は刺激を受けると燐光を発することが飼育水槽下で観察された[152]。燐光細胞を持っていると考えられ、生時は淡い虹色の斑紋として現れる[152]

生活環

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発生

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タコの稚仔 (paralarva)。

卵割部分卵割で、盤割を行う[317]

軟体動物は一般的にトロコフォア幼生ベリジャー幼生を経て成体に成長するが、タコは直接親と似た姿の稚仔になる直達発生を行う[318][86]。タコの稚仔は一時プランクトンとして生活し[318]、このような稚仔を特に擬幼生(ぎようせい、paralarva)という[319][注釈 25]。孵化したてのタコは腕は8本揃っているものの、外套膜長に対する相対的な腕の長さは短い[323]。また、最初は1本の腕当り3個ずつしか吸盤を持たない[324]。成長とともに次第に腕は伸長し、海底に着底する[323]。マダコでは、孵化してから着底するまでに15–30日の期間を要する[323]

イイダコテナガダコのように大きな卵を少数産む種では、孵化した稚仔はプランクトンを経ずそのまま匍匐生活に入る[325][326][327]。イイダコの稚仔は孵化直後でも1本の腕当り20個以上の吸盤を持つ[326]

生殖

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タコの交接腕の模式図
ligule: 舌状片、calamus: 円錐体、succer: 吸盤。

タコは雌雄異体で、体の後部に単一の生殖巣を持つ[328][137][329]。卵は大型であるため、発達した卵巣精巣ははっきりと区別できる[328]

輸精管は左側にのみある[328]輸卵管は無触毛亜目のタコでは対になるが[328]、有触毛亜目のタコでは左側にしかない[330]。輸卵管の末端には輸卵管腺が付属し、卵殻を分泌する[330]

雄の精子は、精包(精莢)として雌に渡される[330][331]。精包は精包腺からの分泌物で精子が固められて形成され、輸精管末端の精包嚢(精莢嚢[60]、ニーダム嚢[330])に貯蓄される[330][122]。集められた精包は陰茎から発射される[122]。精包は包膜の中に精子の塊が螺旋状に畳まれて入っており、受精時に飛び出す[332]

また、タコの雄は腕の1本が変形して交接腕(生殖腕、hectocotylus)となり[332][333][334][62]、先端に舌状片と円錐体(交接基、交接翮[60])を持つ[335][334]。舌状片に至るまでには細く狭い溝が通っており、これを精莢溝(精溝[336][60])という[334][335]。この交接腕を雌の外套腔に挿入し、精包を渡す[332][333][331][337]。この行動を交接という[62][331][338]マダコなどでは右第3腕が交接腕となるが[332][339]オオメダコ 'Octopus' megalops などでは左第3腕が交接腕となる[340]。テナガダコは交接腕が匙状となることから、「しゃくしだこ」と呼ばれた[33]

アオイガイ科アミダコ科ムラサキダコ科の交接腕は千切れ、雌の外套腔内に残される[332][333][341]。そのため、アオイガイ Argonauta argo の交接腕断片は寄生虫と誤解されて、1825年にステファーノ・デッレ・チアジェにより Trichocephalus acetabularis として記載された[341]。同様にアミダコの雌の体内に残された交接腕はジョルジュ・キュヴィエ寄生虫と誤解されて、1829年、ヘクトコチルス Hectocotylus octopodis として「記載」された[332][333][341]

ヨーロッパヒメコウイカ Sepia elegans (左、イカ類)とチチュウカイマダコ Octopus vulgaris (右、タコ類)の卵塊。

たいていのタコの雌は、生涯に1回のみ産卵し、卵が孵化したのちに死んでしまう[342][185]。人為的に卵塊を取り除くと抱卵している雌は死んでしまうことが経験則から知られており[343]、雌が抱卵する期間は「オーバータイム」であるとされる[344]。卵サイズは種によって多様である[345]。卵は卵黄に富み、卵嚢に包まれる[332]。卵殻には柄があって、房状の卵塊をまとめて産み付ける[332][342][345]。多くのタコの雌は、卵塊を岩棚などに産み付ける、基質産卵型の産卵を行う[342]。この卵塊は藤の花序のように房状となり、海藤花と呼ばれる[346][347][348]。これは江戸時代の儒者である梁田蛻巌によって名付けられたとされる[348]。雌は卵塊を抱き、汚れを吸盤で掃除したり、海水を吹きかけたりして世話(抱卵)をする[342][343]

漂泳性のムラサキダコ Tremoctopus violaceusナツメダコ Japetella diaphana は基質産卵型ではなく、口を膜で覆って卵塊を腕で包み込み、保持し続ける[342][229][346][349]

タコには性差があることも多く、一般に雌の方が大型になる[332]ムラサキダコでは雌は全長56 cm であるが、は3 cm より小さい[332]。ムラサキダコの雄の交接腕は発達する[326]。この性的二形は交接時に泳ぐ抵抗を減らし、捕食などのリスクを減らす効果があると説明される[350]アミダコ Ocythoe tuberculata でも雌は全長52 cm であるが、雄は 16 cm 程度である[332]マダコでは、雄の成熟すると特定の吸盤が平たく大きくなり、雌と区別する特徴となる[185]Octopus vulgaris 種群の他の種である、チチュウカイマダコ Octopus vulgarisOctopus americanus でも吸盤が大きくなるが、大きくなる吸盤の位置は異なる[90]

寿命

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成長は迅速で、寿命も比較的短い[194][351]。これを形容し、「タコは太く短く生きる」[351]や"live fast die young". と言われる[352]

変温動物であるタコは取り込んだエネルギーを成長に回すことができるため、成長は非常に早い[353]瀬戸内海マダコでは生後4か月で体重が1 kg、1–2年後には3 kg にまで成長する[51]。最大の種であるミズダコも、米粒サイズの幼生期から3–5年で腕を広げた長さが3.6 m にも達する[51]。ワモンダコの稚仔では毎日4%ずつ体重が増加し、8.6 kg にも達する[51]ピグミー・オクトパス Paroctopus digueti では0.04 g から 40 g まで1000倍に成長する[354]

タコでは平衡石を用いた年齢推定が行えないため、一部の種を除いて、どれくらい生きるのかはわかっていないことが多い[344][352][355]。タコの平衡石は層の重なり方が魚と比べて不規則であるためである[356]'Octopus' pallidusワモンダコ 'O.' cyanea を用いた研究により、外套膜に埋没する棒状軟骨(貝殻)に日縞が見られることが分かり、これを用いた齢査定が行われている[352]。その他、飼育や統計学的な手法でも推定されている[355]

熱帯性のものより寒冷性のものが長寿であるという傾向が知られている[355]。タコ類の寿命はマダコ Octopus sinensis は1年から1年半、熱帯性のワモンダコで1年など、1年とされることが多い[355]。それに対し、ミズダコは2–3年と推定されている[355]。更に高緯度深海性のホッキョクワタゾコダコ Bathypolypus arcticus では産卵するまで約4年、寿命は5年程度だと考えられている[355]。飼育下のチチュウカイマダコ O. vulgaris では、ドイツの水族館シー・ライフで飼育されたパウルの3年などの例がある[182]

分類と系統

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分類群名と学名

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一般的な分類体系では、タコ類は全て八腕形目(はちわんけいもく)Octopoda というに含まれる[75][357]。目の和名は八腕目[358][359]タコ目[315]ともされる。古くは「八脚類」とも表記された[360]ただし、腕に触毛を持つ有触毛亜目を除いたタコからなる単系統群、無触毛亜目について Octopoda の名前が使われることもある[361][362]

また、八腕形目はコウモリダコ目 Vampyromorpha と合わせて、八腕形上目 Octopodiformes(八腕型上目、八腕形類[359])という単系統群を構成する[363]

系統関係

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分子系統解析と化石記録に基づいた、Kröger et al. (2011) による頭足類の系統樹を示す[注釈 26]多分岐となっている部分の系統関係は解けておらず、用いるデータセットや解析方法により、様々な分岐順序の系統樹が得られている。八腕類と十腕類はそれぞれ単系統群であるが、内部の系統関係やさまざまな化石鞘形類との類縁関係は十分に理解されていない。

頭足綱

エレスメロケラス目 Ellesmerocerida

オンコケラス目 Oncocerida

オウムガイ亜綱

オウムガイ目 Nautilida

Nautloidea

直角石目 Orthocerida

アンモナイト亜綱 Ammonoidea

バクトリテス目 Bactritida

Hematitida

Donovaniconida

Aulacocerida

鞘形亜綱
八腕形上目

コウモリダコ目 Vampyromorpha

八腕形目

有触毛亜目 Cirrata

無触毛亜目 Incirrata

Octopoda
Octopodiformes

フラグモテウチス目 Phragmoteuthida

ベレムナイト目 Belemnitida

Diplobelida

十腕形上目

開眼目 Oegopsida

閉眼目 Myopsida

コウイカ目 Sepiida

ダンゴイカ目 Sepolida

ヒメイカ目 Idiosepiida

トグロコウイカ目 Spirulida

Decabrachia
Coleoidea
Cephalopoda

下位分類

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現生種は有触毛亜目無触毛亜目の2亜目に大別される[75][364]。250種[82]から300種類を超えるタコが見つかっているが、未記載種も多く[76]、約半数は分類が確定していない[365]

以下、Sanchez et al. (2018) による分子系統樹を示す。ほかの解析では、有触毛亜目カイダコ上科が単系統群となる結果も得られている。

八腕形目

ヒゲダコ科 Cirroteuthidae

有触毛亜目 Cirrata

Stauroteuthidae

メンダコ科 Opisthoteuthidae

有触毛亜目 Cirrata

Cirroctopodidae

無触毛亜目

Eledonidae

ムラサキダコ科 Tremoctopodidae

カイダコ上科 Argonautoidea

カンテンダコ科 Alloposidae

フクロダコ科 Bolitaenidae

スカシダコ科 Vitreledonellidae

クラゲダコ科 Amphitretidae

Megaleledonidae

マダコ科 Octopodidae

Velodona

"Megaleledonidae"

Thaumeledone

Bathypolypodidae

ミズダコ科 Enteroctopodidae

アミダコ科 Ocythoidae

カイダコ上科 Argonautoidea

アオイガイ科 Argonautidae

Incirrata
Octopoda

有触毛亜目

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水深3,874 m から見つかったヒゲナガダコ Cirrothauma murrayiヒゲダコ属
メンダコ Opisthoteuthis depressaメンダコ属

有触毛亜目[75](有触毛類[366][367])は、腕に吸盤だけでなく触毛の列を持つ特徴がある[75]。何れも深海棲で、寒天質の体からなる[75]。外套膜の側方に鰭を持ち、有鰭亜目[357](有鰭類[367])とも呼ばれる。Sanchez et al. (2018) による分子系統解析の結果、有触毛亜目は側系統群であることが示唆されていたが[362]、多くの種と遺伝子を含めたその後の解析では、再び単系統性が支持されている[368]

学名は研究者によりさまざまなものが用いられる。瀧 (1935)土屋 (2002)佐々木 (2010) では、Cirrata Grimpe, 1916 が用いられる。Strugnell et al. (2013) でも Cirrata の学名が用いられるが、階級は目に置かれる。Sanchez et al. (2018) では目の階級に置かれ、Cirromorphida という学名が用いられる。Kröger et al. (2011) では Cirroctopoda Young1989 が用いられる。

以下、科や属は Verhoeff (2023) に基づく。学名の著者等は Hochberg et al. (2016) に基づく。

有触毛亜目 Cirrata Grimpe, 1916

無触毛亜目

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ナツメダコ Japetella diaphanaフクロダコ科
カリフォルニア州の海中に生息するミズダコ Enteroctopus dolfeiniミズダコ科
水深1,972 m で発見されたホクヨウイボダコ Graneledone boreopacificaイボダコ属
Eledone schultzeiジャコウダコ属

無触毛亜目[75][79](無触毛類[366][367])は、無毛亜目[358]または無鰭亜目[357](無鰭類[367])ともよばれ、腕に触毛を持たない[75]。普通目にするタコは無触毛亜目のマダコ科に属するものが殆どである[75]。かつては底生のタコは全てマダコ科であるとされていたが[148]、分子系統解析の結果単系統群ではないことが分かり、分割されている[376]上部白亜系ムカシダコ[366] Palaeoctopus は無触毛亜目の側系統群とされる[377]瀧 (1935)土屋 (2002)佐々木 (2010) では、Incirrata Grimpe, 1916 が用いられる。Strugnell et al. (2013) でも Incirrata の学名が用いられるが、階級は目に置かれる。Kröger et al. (2011) では Octopoda が用いられる。Sanchez et al. (2018) でも目の階級に置かれ、Octopodida という学名が用いられる。

以下、分類体系は主に Strugnell et al. (2013) に基づく[注釈 29]。学名の著者等は Norman et al. (2016) に基づく。

無触毛亜目 Incirrata Grimpe, 1916