土州山好一郎
土州山 好一郎(としゅうざん こういちろう、1904年1月1日 - 1977年5月4日)は、高知県香美郡赤岡町(現香南市)出身で二子山部屋に所属した大相撲力士。本名は武内 好春。最高位は東前頭4枚目(1934年5月場所)。 現役時代の体格は179cm、112kg。得意手は上突っ張り、出し投げ。
来歴
[編集]同郷の土州山役太郎の経営していた二子山部屋に入門、1922年5月場所に初土俵をふむ。三段目から幕下で苦労していたが、土佐ノ海から師名の土州山に四股名を改めた直後の1932年1月におきた春秋園事件で大量の脱退者が出たので、繰り上がって同年2月の改正番付で新十両を果たした。その機会を生かして1933年1月場所に入幕、以後6年にわたって幕内中堅力士として活躍した。最高位は東前頭4枚目だったが、同郷の横綱玉錦の土俵入りの露払いや太刀持ちを長く務めたほか、玉錦の秘書役も務め二所ノ関一門の確立に貢献した。
1938年12月に玉錦が亡くなった直後の1939年1月場所、13戦全敗して現役を引退、年寄大嶽を襲名し勝負検査役を務めるなど、1968年12月の停年まで後進の指導につとめた。1977年73歳で没。
主な成績
[編集]- 幕内在位:13場所
- 幕内成績:65勝86敗 勝率.430
- 各段優勝:十両1回(1932年3月場所)
場所別成績
[編集]春場所 | 三月場所 | 夏場所 | 秋場所 | |||
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1922年 (大正11年) | x | x | (前相撲) | x | ||
1923年 (大正12年) | 西序ノ口17枚目 5–5 | x | 西序ノ口筆頭 4–2 | x | ||
1924年 (大正13年) | 西序二段16枚目 2–3 | x | 東序二段16枚目 3–3 | x | ||
1925年 (大正14年) | 西序二段9枚目 4–1 1分 | x | 西三段目33枚目 3–1 | x | ||
1926年 (大正15年) | 東三段目19枚目 3–3 | x | 東三段目23枚目 3–3 | x | ||
1927年 (昭和2年) | 西三段目24枚目 3–2 | 西三段目24枚目 3–3 | 東三段目6枚目 2–4 | 西三段目20枚目 2–4 | ||
1928年 (昭和3年) | 西三段目18枚目 4–2 | 東三段目19枚目 0–0–6 | 東幕下34枚目 6–0 | 東幕下34枚目 2–4 | ||
1929年 (昭和4年) | 東幕下16枚目 1–4 | 東幕下16枚目 4–2 | 西幕下19枚目 4–2 | 西幕下19枚目 4–2 | ||
1930年 (昭和5年) | 西幕下17枚目 3–3 | 西幕下17枚目 3–3 | 西幕下19枚目 5–1 | 西幕下19枚目 2–4 | ||
1931年 (昭和6年) | 東幕下7枚目 3–3 | 東幕下7枚目 2–4 | 東幕下18枚目 3–3 | 東幕下18枚目 4–2 | ||
1932年 (昭和7年) | 西十両7枚目 3–5 | 西十両7枚目 優勝 8–2 | 東十両3枚目 6–5 | 東十両3枚目 7–4 | ||
1933年 (昭和8年) | 東前頭6枚目 5–6 | x | 東前頭10枚目 5–6 | x | ||
1934年 (昭和9年) | 西前頭11枚目 8–3 | x | 西前頭4枚目 4–7 | x | ||
1935年 (昭和10年) | 西前頭11枚目 5–6 | x | 西前頭12枚目 6–5 | x | ||
1936年 (昭和11年) | 東前頭9枚目 7–4 | x | 東前頭4枚目 5–6 | x | ||
1937年 (昭和12年) | 東前頭8枚目 6–5 | x | 東前頭4枚目 1–12 | x | ||
1938年 (昭和13年) | 東前頭15枚目 7–6 | x | 東前頭12枚目 6–7 | x | ||
1939年 (昭和14年) | 東前頭15枚目 引退 0–13–0 | x | x | x | ||
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。 優勝 引退 休場 十両 幕下 三賞:敢=敢闘賞、殊=殊勲賞、技=技能賞 その他:★=金星 番付階級:幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口 幕内序列:横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列) |
- 1932年1月番付は東幕下10枚目
四股名変遷
[編集]- 土佐ノ海 ?(とさのうみ ?)1922年5月場所 - 1931年3月場所
- 土佐ノ山(とさのやま)1931年5月場所 - 1931年10月場所
- 土州山 好一郎(どしゅうざん こういちろう)1932年1月場所 - 1939年1月場所