岸敬祐
巨人時代 | |
基本情報 | |
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国籍 | 日本 |
出身地 | 兵庫県西宮市 |
生年月日 | 1987年1月16日(37歳) |
身長 体重 | 178 cm 73 kg |
選手情報 | |
投球・打席 | 左投左打 |
ポジション | 投手 |
プロ入り | NPB / 2010年 育成選手ドラフト2位 |
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について |
岸 敬祐(きし けいすけ、1987年1月16日 - )は、兵庫県西宮市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。福岡ソフトバンクホークス一軍マネジャー兼打撃投手の岸健太郎は実兄[1]。また、杉本有美(女優・タレント・グラビアアイドル)とは再従姉妹に当たる[2]。
経歴
[編集]プロ入り前
[編集]関西学院高校時代は、3年生の時の兵庫大会の準々決勝で市立尼崎高校に敗れ、在学中は春・夏とも、地元・阪神甲子園球場での全国大会に出場できなかった。
関西学院大学への進学後に硬式野球部へ入部。清水誉は2年先輩、荻野貴司・宮西尚生は1年先輩に当たる。同部では1年秋から登板機会を与えられたが、病気で体調を崩し2年間も練習すら出来ない日々が続いた[3]。関西学生野球リーグでの通算成績は36試合に登板、4勝10敗、防御率3.74を記録。4年時には大手保険会社への就職が内定していたが[3]、独立リーグの入団テストを受験。関西独立リーグの大阪ゴールドビリケーンズに入団した。
独立リーグ時代
[編集]- 2009年
- 参稼報酬が月額で8万円という厳しい環境の下で、大阪ゴールドビリケーンズのエースとしてチームのリーグ優勝に貢献。11勝8敗1セーブ、防御率1.43という成績で、リーグ年間MVP、最優秀防御率、最多奪三振のタイトルを獲得した[3]。
- 2010年
- 四国・九州アイランドリーグの愛媛マンダリンパイレーツに移籍。リーグ戦38試合の登板で、6勝9敗1セーブ、防御率3.18の成績を残した。
- シーズン終了後のNPB育成ドラフト会議で、読売ジャイアンツ(巨人)から2巡目で指名[4]。支度金300万円、年俸240万円(金額は推定)という条件で、育成選手としての入団した。背番号は017。
巨人時代
[編集]- 2012年
- 開幕から二軍の先発ローテーションに定着。7月30日には、育成選手契約から支配下選手契約へ移行し、背番号を90に変更した[5]。イースタン・リーグの公式戦では、23試合の登板で最終規定投球回に到達し、8勝5敗をマーク。防御率2.36で最優秀防御率のタイトルも獲得したが、支配下選手契約への移行後は一軍公式戦への登板機会がなかった。
- 2013年
- 入団後初めて一軍キャンプのメンバーに選ばれたが、後に故障で戦線を離脱。6月8日にイースタン・リーグ チャレンジ・マッチの対フューチャーズ戦で中継ぎ投手として実戦に復帰した[6]ものの、公式戦には一軍・二軍を通じて登板の機会がなく、10月1日に戦力外通告を受けた[7]。
ロッテ時代
[編集]2013年11月10日に第1回12球団合同トライアウトへ参加[8]。その直後に千葉ロッテマリーンズの秋季キャンプで入団テストを受けた結果[9]、同月21日に育成選手として入団することが決まった[10]。背番号は121。
- 2014年
- イースタン・リーグ公式戦では、20試合の登板で、3勝0敗、防御率5.23という成績を残した。しかし、支配下登録選手への復帰を果たせないまま、10月5日に戦力外通告を受けた[11]。同月31日付で、NPBから自由契約選手として公示[12]。
NPB退団後
[編集]2015年から2016年まで、三菱重工長崎硬式野球部でプレーを続けた。
現役引退後
[編集]2016年限りで現役を退いた後に、2017年から打撃投手兼スコアラーとしてロッテに復帰したが、2018年のシーズン終了後に再び退団した[13]。
2019年からは読売ジャイアンツのスカウト(関西・四国担当[14])に就任。2021年ドラフト1位の翁田大勢[15]などを担当。また、翌年2022年ドラフト1位の浅野翔吾も担当した[16]。2023年には、育成指名された愛媛の後輩選手である宇都宮葵星(父親も愛媛の元選手)を担当している[17]。
選手としての特徴
[編集]140km/h前後のストレートに、スライダー、カーブ、シュートなどの変化球を織り交ぜて打たせてとるスタイル[18]。本人いわく、持ち味はコントロール[19]。
詳細情報
[編集]年度別投手成績
[編集]- 一軍公式戦出場なし
独立リーグでの投手成績
[編集]愛媛時代の数値は、四国アイランドリーグplus公式ウェブサイトによる[20]。
年 度 | 球 団 | 防 御 率 | 登 板 | 勝 利 | 敗 戦 | セ 丨 ブ | 完 投 | 完 封 | 無 四 球 | 投 球 回 | 打 者 | 被 安 打 | 被 本 塁 打 | 奪 三 振 | 与 四 球 | 与 死 球 | 失 点 | 自 責 点 |
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2009 | 大阪 | 1.43 | 11 | 8 | 1 | |||||||||||||
2010 | 愛媛 | 3.18 | 38 | 6 | 9 | 1 | 2 | 0 | 0 | 124.2 | 530 | 120 | 5 | 88 | 29 | 14 | 60 | 44 |
関西:1年 | 1.43 | 11 | 8 | 1 | ||||||||||||||
IL:1年 | 3.18 | 38 | 6 | 9 | 1 | 2 | 0 | 0 | 124.2 | 530 | 120 | 5 | 88 | 29 | 14 | 60 | 44 |
背番号
[編集]- 47 (2009年 - 2010年)
- 017 (2011年 - 2012年7月29日)
- 90 (2012年7月30日 - 2013年)
- 121 (2014年)
- 105 (2017年 - 2018年)
脚注
[編集]- ^ “山口2世だ!育成出身・岸が初の1軍キャンプ”. スポーツニッポン (2013年1月21日). 2013年2月11日閲覧。
- ^ 2013年2月11日に杉本が自身のTwitter公式アカウントへ投稿したツイートより
- ^ a b c バース・デイ、2012年8月18日放送分より
- ^ “育成ドラフトでも8選手を指名”. 読売ジャイアンツ (2010年10月28日). 2015年9月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年7月31日閲覧。
- ^ “岸投手と河野選手を支配下登録”. 読売ジャイアンツ (2012年7月30日). 2012年7月31日閲覧。
- ^ “2013年度 イースタン・リーグ チャレンジ・マッチ 試合結果(6~8月)”. 日本野球機構オフィシャルサイト. 2013年10月4日閲覧。
- ^ “辻内投手ら5選手を戦力外通告”. 読売巨人軍公式サイト (2013年10月1日). 2013年10月3日閲覧。
- ^ “65人参加 12球団合同トライアウト/詳細”. 日刊スポーツ (2013年11月10日). 2013年11月11日閲覧。
- ^ “ロッテ秋季キャンプに前巨人の岸がテスト生として参加”. サンケイスポーツ (2013年11月14日). 2013年11月17日閲覧。
- ^ 入団テスト結果についてロッテ球団公式サイト 2013年11月21日配信
- ^ GG佐藤ら戦力外=プロ野球・ロッテ - 時事通信2014年10月5日
- ^ 2014年度 自由契約選手(育成選手) 日本野球機構オフィシャルサイト 2014年11月7日閲覧。
- ^ “ロッテ坂巻寮長、井辺スカウトらスタッフ5人が退団”. 日刊スポーツ (2018年12月21日). 2018年12月21日閲覧。
- ^ “読売ジャイアンツ担当スカウトがドラフト育成指名挨拶で来学されました。”. 四国学院大学 (2021年10月19日). 2021年10月26日閲覧。
- ^ “【球界ここだけの話(2480)】巨人ドラ1・翁田が乗り越えたコロナ禍&故障禍…スカウトが評価したものとは?”. サンスポ. (2021年10月18日) 2021年10月26日閲覧。
- ^ “浅野翔吾への期待が確信に変わった瞬間。「この子はスター性がある」、巨人スカウトが明かすドラフト1位指名の裏側”. 集英社 Sportiva Web (2022年10月29日). 2022年11月24日閲覧。
- ^ “【巨人】 育成3位・宇都宮葵星(きさら)に指名あいさつ 岸スカウト「(西武)源田のような球界を代表する内野手に」”. スポーツ報知. (2023年10月29日) 2023年10月29日閲覧。
- ^ [プロ野球] 巨人・岸敬祐「左のスペシャリストへ」2/2 現代ビジネス 2012年3月28日
- ^ 【巨人】育成の岸、河野と支配下選手契約 nikkansports.com 2012年7月30日
- ^ 記録2010年 - 四国アイランドリーグplus
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 選手の各国通算成績 Baseball-Reference (Japan)