河野 通宣(かわの みちのぶ、生年不詳 - 永正16年(1519年))は、戦国時代の伊予国の戦国大名。伊予河野氏の当主。湯築城主。
分家である予州家との対立は継続しており、一時河野通篤(通春の子。左京大夫通宣の祖父、但し異説あり)に居城を追われたが、間もなく奪回している。