草竹幸一

草竹 幸一(くさたけ こういち、1957年12月5日 - )は、宮崎県串間市出身で大鵬部屋に所属した元大相撲力士。184cm、135kg。最高位は東十両11枚目。得意技は左四つ、寄り。

経歴

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中学校から柔道を始めて宮崎商業高校でも続けた。体格の良さを見込んで訪ねて来た大鵬から勧誘され、相撲は好きではなかったが、周囲に説得されて入門した[1]1973年7月場所に初土俵、1982年1月場所に24歳で十両昇進を果たすも5勝10敗と負け越し、十両在位はこの1場所に終わる。1984年7月場所限りで廃業。

初めて序ノ口に在位した1973年9月場所では、非常に珍しい「5勝2敗の6名による序ノ口優勝決定戦」に出場した(結果は初戦敗退)。

主な成績

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  • 通算成績:244勝219敗7休 勝率.527
  • 十両成績:5勝10敗 勝率.333
  • 現役在位:67場所
  • 十両在位:1場所
  • 各段優勝
    • 幕下優勝:1回(1981年7月場所)

場所別成績

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草竹 幸一
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
1973年
(昭和48年)
x x x (前相撲) 東序ノ口16枚目
5–2 
東序二段70枚目
3–4 
1974年
(昭和49年)
東序二段80枚目
4–3 
東序二段64枚目
4–3 
東序二段50枚目
5–2 
西序二段16枚目
2–5 
東序二段37枚目
5–2 
西序二段4枚目
4–3 
1975年
(昭和50年)
西三段目71枚目
4–3 
西三段目53枚目
3–4 
西三段目63枚目
2–5 
東序二段13枚目
3–4 
西序二段31枚目
6–1 
西三段目52枚目
4–3 
1976年
(昭和51年)
西三段目35枚目
4–3 
東三段目22枚目
2–5 
東三段目45枚目
4–3 
東三段目33枚目
4–3 
西三段目20枚目
5–2 
東幕下50枚目
3–4 
1977年
(昭和52年)
西幕下60枚目
4–3 
西幕下50枚目
3–4 
東幕下60枚目
4–3 
東幕下45枚目
3–4 
東幕下52枚目
2–5 
西三段目15枚目
5–2 
1978年
(昭和53年)
西幕下55枚目
6–1 
東幕下23枚目
4–3 
西幕下17枚目
3–4 
東幕下24枚目
4–3 
西幕下18枚目
6–1 
東幕下5枚目
3–4 
1979年
(昭和54年)
東幕下12枚目
3–4 
西幕下21枚目
3–4 
西幕下30枚目
3–4 
西幕下39枚目
4–3 
西幕下27枚目
4–3 
東幕下22枚目
4–3 
1980年
(昭和55年)
東幕下15枚目
2–5 
東幕下32枚目
2–5 
西幕下54枚目
5–2 
西幕下31枚目
5–2 
西幕下17枚目
4–3 
西幕下12枚目
3–4 
1981年
(昭和56年)
東幕下23枚目
4–3 
東幕下18枚目
5–2 
東幕下7枚目
1–6 
東幕下25枚目
優勝
6–1
東幕下7枚目
4–3 
西幕下4枚目
5–2 
1982年
(昭和57年)
東十両11枚目
5–10 
東幕下4枚目
4–3 
東幕下2枚目
2–5 
東幕下12枚目
2–5 
西幕下30枚目
4–3 
東幕下21枚目
3–4 
1983年
(昭和58年)
西幕下29枚目
4–3 
西幕下25枚目
3–4 
東幕下40枚目
4–3 
東幕下31枚目
4–3 
東幕下26枚目
4–3 
西幕下18枚目
3–4 
1984年
(昭和59年)
東幕下27枚目
4–3 
東幕下21枚目
4–3 
東幕下13枚目
4–3 
西幕下8枚目
引退
0–0–7
x x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 休場 十両 幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

改名歴

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  • 草竹 幸一(くさたけ こういち)1973年7月場所 - 1979年1月場所
  • 若大翔 幸一(わかたいしょう こういち)1979年3月場所 - 1980年5月場所
  • 草竹 幸一(くさたけ こういち)1980年7月場所 - 1984年7月場所

参考文献

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  • 大相撲力士名鑑平成13年版、水野尚文、京須利敏、共同通信社、2000年、ISBN 978-4764104709

出典

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関連項目

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外部リンク

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