1987年熊本県会議員選挙 |
| 改選数 | 56 | 選挙制度 | 中選挙区制 | 有権者数 | 1,333,028 | | 選挙後の党派別勢力図 | | 投票率 | 73.64% ( 1.42%) | | 第1党 | 第2党 | 第3党 | | | | | 政党 | 自由民主党 | 日本社会党 | 公明党 | 選挙前議席 | 45 | 4 | 3 | 獲得議席 | 36 | 6 | 3 | 議席増減 | 9 | 2 | | 得票数 | 538,265 | 76,715 | 36,303 | 得票率 | 55.67% | 7.93% | 3.75% | | | 第4党 | | | 政党 | 日本共産党 | 選挙前議席 | 1 | 獲得議席 | 1 | 議席増減 | | 得票数 | 30,705 | 得票率 | 3.18% | |
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1987年熊本県会議員選挙(1987ねんくまもとけんかいぎいんせんきょ)は、熊本県の議決機関である熊本県議会を構成する議員を全面改選するために行われる選挙で、第11回統一地方選挙の前半戦投票日である4月12日に投票が行われた。
熊本県議会議員の任期(4年)が満了したことによる選挙である。今回選挙は「2増2減」の定数是正後初めての選挙となり、下益城郡と菊池郡でそれぞれ定数が1増やされ、球磨郡と天草下島で定数が1減らされた。
1987年2月に中曾根康弘首相は売上税法案を国会に提出しており、県議選でもこの売上税問題が議席にどう影響を与えるかが焦点となった。選挙の結果は反売上税を掲げた野党が善戦し、社会党は下益城郡で初めての議席を獲得、公明党、共産党も現職の全員当選を果たした。一方の自民党は現職7人が落選し、現有議席を9人も下回ることとなった[1]。
- 選挙事由:任期満了
- 告示日:1987年4月3日
- 投票日:1987年4月12日
- 議員定数:56名
- 選挙区:24選挙区
- 候補者数:90名
党派別当選者数及び得票数 党派 | 議席数 | 得票 |
現 | 元 | 新 | 改選前 | 計 | 得票数 | 得票率 |
| 自由民主党 | 35 | 1 | 0 | 45 | 36 | 538,265 | 55.67% |
| 日本社会党 | 3 | 1 | 2 | 4 | 6 | 76,715 | 7.93% |
| 公明党 | 3 | 0 | 0 | 3 | 3 | 36,303.122 | 3.75% |
| 日本共産党 | 1 | 0 | 0 | 1 | 1 | 30,705.875 | 3.18% |
| 無所属 | 1 | 2 | 7 | 1 | 10 | 284,915 | 29.47% |
合計 | 43 | 4 | 9 | 54 | 56 | 966,903.997 | 100.00% |
投票者数(投票率) | 981,700 | 73.64% |
有権者数 | 1,333,028 | 100.00% |
出典:『熊本県の選挙50年の歩み』[2]
自民党 社会党 公明党 共産党 無所属
- 熊本県議会事務局 編『熊本県議会史 第九巻』熊本県議会、2021年。
- 熊本県選挙管理委員会『熊本県の選挙50年の歩み』熊本県選挙管理委員会、1999年。